『桜、ふたたびの加奈子』
桜が咲き乱れる4月、容子(広末涼子)と信樹(稲垣吾郎)の夫婦の一人娘・加奈子は小学校の入学式の朝を迎えた。庭つきの一軒家に愛犬と暮らす一家に、また記念日が増える。幸せな家族には、これからも記念日は次々と作られていく。それをちゃんと記録するために、と、ほんの一瞬目を離す。そして事故は起き、加奈子にまつわる新しい記念日は二度と訪れることはなくなった。娘を突然の事故で亡くすという夫婦の悲劇から『桜、ふたたびの加奈子』は始まる。
深い悲しみと自責の念にかられ、容子は自殺を図るが、一命をとりとめる。以来、彼女は「加奈子はここにいる」と言って、見えない娘に話しかけ、食事を作り、一緒に出かける。大勢の子どもたちが遊ぶ幼稚園の園庭で、“娘と手をつないでいる”はずなのに、容子の浮かべる笑顔はとてつもなく虚ろで寂しい。一方、喪失感を呑み込みながら、現実と向き合う信樹は妻の振舞いに戸惑いを隠さない。そんなある日、容子は妊娠中の女子高生・正美と知り合う。2人は、正美の小学校の恩師も交えて急速に親しんでいく。いくつかの偶然が重なり、やがて生まれてきた赤ん坊を抱いた容子は、その子が加奈子の生まれ変わりだと確信する。
死者が生まれ変わり、再び目の前に現れること。あるいは輪廻転生。そういうものに実体験として遭遇していないと、なかなか信じる気にはなれない。観客の多くは信樹と同じ気持ちで、いまにも壊れそうな容子を見守ることになる。加奈子の死から1年、2年、と時間は流れ、正美の娘をわが子の生まれ変わりと信じ続けてきた容子は、思いもよらない現象に直面する。
登場人物を映すというより、見つめるような映像。象徴的に登場する数々の環状のモチーフ。桜。そして佐村河内守のドラマティックな音楽が、統一感のある世界を構築している。伏線をはりめぐらせ、サスペンスやホラーの味わいもある作品を丹念に作り上げたのは、これが長編第2作目となる栗村実。
静かなトーンを貫く主演2人が素晴らしい。十代の頃からアイドルとして華やかな脚光を浴び続けてきた広末と稲垣だが、地方都市でささやかな幸福を味わいながら生きてきた、平凡な夫婦をごく自然に演じている。広末は、やり場のなくなった強い母性に突き動かされる不安定な容子の精神を的確に演じ、稲垣は当たり役となった『十三人の刺客』で見せた狂気など微塵も感じさせない、心優しい男として存在する。2人共に、役者として見事だ。
常に注目され続けるという特殊な環境のなかで大人になった彼らは、私たち以上に“普通であることの幸せ”に敏感なのではないか。だからこそ、その幸福が壊れたときの絶望、果てしない喪失感は真に迫る。わが子の生まれ変わりを見つけたと確信した容子の衝動、その果ての決着のつけ方に、心が大きく揺さぶられる。最愛の人を想うとは、こういうことなのだ。愛が奇跡を生むという、言葉にすれば陳腐になってしまうものを本気で信じたくなるほど、説得力のある強さを持つ美しい一作。(文:冨永由紀/映画ライター)
『桜、ふたたびの加奈子』は4月6日より新宿ピカデリーほかにて全国公開される。
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