興行収入173.5億円で、日本の実写映画歴代NO.1ヒットを記録した『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』。この映画をはじめ、『踊る大捜査線 THE MOVIE』(101億円)、『HERO』(81.5億円)と、次々と大ヒットを生み出してきたのがフジテレビだ。ここ数年、テレビ局が製作する映画が日本映画を引っ張っているが、その中でもリーディングカンパニー的存在として、常に数字を残してきた。
そのフジテレビのラインナップが、今年は少々、違っているようだ。大ヒット作の続編や高視聴率ドラマの映画化と言ったキラーコンテンツが鳴りを潜め、代わって目立つのが、海外映画のリメイクや、ヒットが難しいと言われるオリジナルストーリーの映画化。その中の1本が、2005年の米国アカデミー賞で脚色賞を受賞した『サイドウェイ』の日本版『サイドウェイズ』。10月31日より公開となる。
どうして『サイドウェイズ』を作ったのか? そして、今年のラインナップの狙いは? 『サイドウェイズ』製作の裏話とフジテレビの映画戦略を、同社執行役員常務で映画事業局局長の亀山千広氏に語ってもらった。
大人の青春映画に挑戦!
まずは、アカデミー賞にも輝くハリウッド映画が、どういう形で日本映画として生まれ変わることになったのか? その経緯から語ってもらった。
「ここ数年、ハリウッドのメジャースタジオが、日本をはじめとする各国での映画製作、いわゆるローカルプロダクションを強化する動きがあって。うちも、20世紀フォックスさんと海外ドラマ『24』で組ませていただいている関係で、先方から何か一緒に作らないかという話がきたんです。そこで『可能なら、ぜひ、やってみたい作品がある』とお話しさせていただいたのが、『サイドウェイ』のリメイクでした」
米国映画『サイドウェイ』は、中年の小説家志望の国語教師マイルスが、1週間後に結婚を控えた親友のジャックと共にカリフォルニアのワイナリーを旅する物語。旅の途中でマイルスは、ワイン好きの魅力的な女性マヤと出会う──。実は、今回の話が来る前から、亀山氏は『サイドウェイ』が好きだったという。
「ただ、フジテレビとしては、なかなか企画しづらい映画で。というのも、客席を一杯にすることを目標に企画を立てると、こういう大人の青春映画は、いいところまで行っても最後にはこぼれていく。日本では、なかなか作れる土壌がない映画なんですね。だからこそ、フォックスさんと組んで成立するのであれば、挑戦してみたいと思って。若年層でなく中高年が楽しめる、観客が集まりにくい平日に強い興行になれればいいと思っていました」
とはいえ、実際に動き出すためには、幾多ものハードルが待ち受けているのが映画界の常識だ。ましてや、今度の相手はハリウッド。契約書が何十センチも積み重なるという噂は、よく耳にする。
「正直、僕らも『サイドウェイ』をやらせてくださいと申し出た段階で、弁護士が間に入って、遅々として進まないケースを想定していました。ですが、元々の話がスタジオのトップクラスからだったので、直接、本社の責任者と話し、彼が原作のプロデューサーにも連絡してくれ、今回は、驚くほど、すんなりと話が進みました」
ゴーサインが出た後で、煮詰めていかなくてはならないのが物語だ。『サイドウェイズ』のような作品では、オリジナルにどれくらい近づき、どれくらい距離を取るかもポイントとなる。
「最初は、日本を舞台に、ワインツアーの代わりに焼酎ツアーにしようかと(笑)。でも、それだとオリジナルから離れすぎてしまうし、ワクワク感がない。だったら、オリジナルの設定をそのまま借りて、日本人4人が米国のナパバレーに行く話にしようと。普通なら、そうした変更に関して、いろいろと言われてもおかしくないところですが、今回は、直接スタジオ側の責任者と話ができていたおかげで、『日本人向けに作るのであれば、君たちが正しいと思った内容で構わない』と言われ、自由にやらせてもらえました」
キャスティングでも、最初は集客を意識し、オリジナルと違って二枚目を主人公にすることを考えた。
「やっぱり、40代で二枚目のキャストにしないと、お客さんが来ないんじゃないかと思って。でも、それで物語を作っていっても面白くないんですね。ショボくれてる主人公の現状設定に理由が必要になってくる。それじゃあ、『サイドウェイ』じゃないだろうと。なので考え方を変え、オリジナルに近い、情けない雰囲気を持った2人に戻したんです。それまでに、脚本を5〜6回は書き換えていましたが、情けない男と決めた瞬間から脚本がブレずに作れるようになりました。色男でなくしたことで、オリジナルの持っていた良さを、どんどん盛り込めるようになったんです」
フジテレビの海外戦略
そんな『サイドウェイズ』のメガホンを取ったのは、米国人の父と日系米国人の母をもつチェリン・グラック監督だ。実は今年のフジテレビ映画では、『サイドウェイズ』以外にも、2月公開の『ヘブンズ・ドア』でマイケル・アリアス監督、6月公開の『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』 でトラン・アン・ユン監督と、外国人監督が目立っている。
もう1つ目立っているのが海外ロケ。3月公開の『ホノカアボーイ』はハワイ。7月公開の『アマルフィ 女神の報酬』はイタリア。『サイドウェイズ』は米国と、海外で撮影された作品が多い。そこから見え隠れするのは、フジテレビの海外戦略だ。『サイドウェイズ』で外国人監督を起用し、米国でロケをしたのも、映画製作会社としてのフジテレビを、海外の映画会社にアピールする狙いがあると亀山氏は明かす。
「日本でもそうですが、映画の情報が一番入ってくるのは、実は撮影所などの現場なんです。フジテレビのオフィスにいたって全然入ってきませんが、撮影所に顔を出すと、まだ発表されていない情報が次々と入ってくる。それはハリウッドでも同じ。なのに今までは海外戦略というと、本丸である上層部ばかりを攻めすぎていた。そこを変えて、現場から知ってもらおうと。今回『サイドウェイズ』で、現地スタッフ中心に約1か月のカリフォルニア・ロケを敢行したのも、そうした思いがあるからです。
彼らスタッフが、別の現場で日本ユニット(日本での撮影)を必要としたときに、フジテレビに頼もうと思ってくれたり、評判を聞いたハリウッドメジャーが、日本の会社と組むならフジテレビと思ってもらえたり。そういう可能性もあると思う。大事なのは、うちが製作する映画のクオリティが、ハリウッドのスタッフの間で噂になっていくこと。こんなに安い製作費で、これだけのクオリティの作品を製作できる。そうしたアピールをしていきたいと思っています」
すでに、手応えも感じている。
「『アマルフィ』を海外の映画会社の会長に見てもらったときに、『幾らで作ったんだ?』と聞かれ、『この金額です』と答えたら、『それをハリウッドの上層部が聞いたらびっくりするぞ』と言われた。ハリウッド映画なら百億円以上もかかるような作品を、スケール感を保ちながら、向こうの人がビックリするくらいの製作費でフジテレビには作れる。そのことが伝わったと思います」
海外戦略だけではない。ほかのラインナップからも、これまでのフジテレビ映画とは異なる野心的な試みが多く見られる。それはフジテレビが、これまで成果を挙げてきた製作手法から、次のステップへ進むためのマーケティングのようにも見える。
「確かに今年は、すべてマーケティングも兼ねています。これまでに、人気ドラマの映画化や、人気小説やコミックの映画化という流れは作ってきました。だけど、映画オリジナル企画をヒットさせる流れは、まだ作れていなかった。そこで企画したのが『アマルフィ』で、オリジナルストーリーで作ると決め、開局50周年記念作品として、今年のラインナップの中心に据えたんです。オリジナルでヒットに導き、シリーズ化できるノウハウを持っていれば、原作がないときでも映画を作れる。それは大きな強みになりますから」
また、『劒岳 点の記』では、少子高齢化が進む中で、中高年をターゲットにした映画作りに挑戦した。
「うちはF1(女性20〜34歳)、F2(女性35〜49歳)層には強いのですが、F3(女性50歳以上)になると、民放でビリ。だから、この作品は、フジテレビが一番苦手なターゲットに挑戦した映画なんです」
生誕100年を迎えた太宰治原作の『ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜』では、キャスティングに工夫を凝らした。
「『ヴィヨンの妻』はどちらかというと、フジテレビが手を出すような映画ではないんですね。だったら、キャスティングは全部“This is フジテレビ”といったノリにしようと。太宰治の世界観を、月9の出演者と言ってもいいようなキャストで映画化したらどうなるか? それも1つのチャレンジでした」
とはいえ、意欲的な試みゆえの代償もある。『アマルフィ』や『劒岳』のように大ヒット作品もあるものの、興行収入だけを見れば、今年はこれまでのような成績を残せそうにないからだ。その代わりに、強力作が揃っているのが来年のラインナップ。人気ドラマを前後編に渡って映画化する『のだめカンタービレ 最終楽章』、『踊る大捜査線』の第3弾、前作『LIMIT OF LOVE 海猿』が興収71.5億円を記録した『海猿』シリーズ第3弾と、フジテレビの年間興行記録を塗り替えそうな作品が揃っている。
「今年は種まきをしているところなので、当たるも八卦、当たらぬも八卦みたいなところもあって、苦しいことは苦しい。でも、だからと言って、来年は楽をしましょうというわけではなく、ラインナップを組んでいたらこうなった(笑)。もちろん、過去の実績からヒットすると信じていますが、シリーズ映画の続編と言うこともあり、寝た子を起こさないといけない。決して楽ではないですよ」
そう気を引き締める亀山氏は、一方で、今年のラインナップには将来性を感じているとも話す。
「少しでも芽が出たら、その手があったのかと思うし、今、興収15億円の作品でも、次にこの路線でトライすれば25億円は取れるという手応えを感じています。そうした作品がちょろちょろあったのが収穫。それを、これから作る映画に反映させていきたいですね」
(テキスト:安部偲)
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