今年最初のコラムでは、映画と親和性の強い日本人音楽家を何人かご紹介したが(1月4日掲載「今年の活躍にも期待! 映画ファンにおすすめしたい日本人音楽家たち」参照)、今回はその続編ということで、坂本龍一の映画音楽についてクローズアップしたい。
映画音楽を手がける日本人アーティストと言えば、質・量を考えてもこの人の存在感はやはり圧倒的で、サウンドトラックがCDリリースされているものだけでも、その数は30作近くにおよぶ。
本人は現在病気療養中ながら、1月17日には2枚組未発売音源集「year book 2005-2014」がリリース。これまで公式リリースされていなかった映画音楽などが蔵出しされた。もともと多作で知られる人だが、なかでも映画やドラマ、CMなどの映像作品に関係する音楽のリリース量は、かなりのウェイトを占めている。
坂本龍一の映画音楽と言えば、まずはやはり大島渚監督『戦場のメリークリスマス』(1983年)に触れないわけにはいかない。デヴィッド・ボウイやビートたけしと共に役者としても出演した本作は、いまや映画そのものよりも主題歌「Merry Christmas Mr.Lawrence」の方が認知度が高く、『戦メリ』と言えばこの曲を指すことが多かったりする。ちなみに、当時まだYMOの一員で、映画音楽も役者も未経験だった坂本がこの作品に抜擢された背景には、当初キャスティング予定だった沢田研二がスケジュールの都合で出演できなくなったから、という経緯がある。そう思って見返すと、坂本が演じたヨノイ大尉にジュリーが被る瞬間が多々あるが、坂本は俳優としてのみのオファーだったものを、「音楽もやれるなら」という条件付きで受けたという。つまり、坂本龍一の代表曲にして、いまや映画音楽のスタンダードのひとつと言っていい「Merry Christmas Mr.Lawrence」は、事の次第によっては世に出なかった可能性もあるということになる。映画音楽作家としてすでにエスタブリッシュされた観のある坂本だが、そのキャリアのスタートは実は偶然に近いものだったわけだ。
YMOの解散後、坂本はソロ活動と並行して畑正憲監督『子猫物語』(86年)や、ガイナックス制作のアニメ『オネアミスの翼』(87年)といった映画の音楽を手がけているが、映画音楽作家として彼の名を一躍有名にしたのは、ベルナルド・ベルトルッチ監督『ラスト・エンペラー』(88年)だろう。日本人初のアカデミー作曲賞受賞となった本作で、坂本は俳優としても元陸軍憲兵大尉・甘粕正彦役で出演。テーマ曲や「レイン」といった楽曲は、いまでもライヴのレパートリーとしてピアノ・ソロで演奏されることが多い。サウンドトラックはデヴィッド・バーンらと分担して制作されており、バーンの手掛けた明るいトーンの楽曲は、坂本の静謐でシリアスな楽曲へのカウンターとして劇中でも異彩を放っている。そういう意味でも『ラスト・エンペラー』のサウンドトラックは、アルバムとしても飽きのこない一枚だ。
ベルトルッチ監督とはその後も2度タッグを組んでいる。91年の『シェルタリング・スカイ』のテーマは本人も聴くたびに泣いてしまうというほど強い旋律を持ち、これもまたライヴの定番曲になっている。94年の『リトル・ブッダ』では、監督から“これ以上ないほど悲しい曲を”というオーダーを受けて散々書き直した結果完成したというエンド・クレジットの曲がよく知られている。何度も衝突したというベルトリッチ監督との3作は、色々な意味で最も映画音楽らしい風格を持った音楽と言っていいかもしれない。(…後編へ続く)(文:伊藤隆剛/ライター)
・【映画を聴く】願・復活! 映画音楽家・坂本龍一の仕事/後編
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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