『スウィッチ』という作品のポスターをご覧になっただろうか? 鏡写しになった主人公の女性の2つの顔、その間に1行のキャッチコピー「もうひとりの自分。それは殺人鬼の私──。」これを見たときは憤りを通り越して脱力した。これだけで全てを語ってしまっている気がするし、ネタバレまでして人目を引かなきゃならないほど大作系以外の映画は切羽詰まっているのか、と思ったからだ。
・[動画]『スウィッチ』予告編
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しかし、単なる多重人格モノだろうかと半分肩を落としつつ、フランス映画特有のノワールな匂いに誘われて見てみた甲斐はあった。
タイトルにもなっている“スウィッチ”とは、期間限定で他人と自宅をスウィッチすることで、ヒロインは殺人犯に身元までスウィッチされてしまい、窮地に追い込まれるというサスペンスミステリーだ。
カナダのモントリオールで冴えない日々を過ごすソフィ(カリーヌ・ヴァナッス)は、知人から「一定期間だけ自宅を交換するサイトを利用してバカンスを楽しんでみては?」と提案される。知人のパリでのアバンチュールを聞いてそそられたソフィは、早速サイトでパリ在住のベネディクトという女性とアパートをスウィッチし、パリへと旅立つことに。
期待に胸を膨らませて降り立ったパリでは、ベネディクトのアパートは予想以上にオシャレで豪華だし、公園でハンサムな青年には出会うし、パリの象徴エッフェル塔がライトアップされればさらにテンションはアゲアゲ。しかし、気持ち良く上がれば上がるほどドン底への距離は大きく、上げておいて叩き落すのがサスペンスの常套手段。
朝、不快な頭痛のなか目覚めると突然武装部隊に突入され、警察に連行。アパート内の部屋から男性の死体が見つかったのだ。死体の頭部は行方不明というおどろおどろしい状態で、凶器にはソフィの指紋がついており、しかもソフィは“ベネディクト”として逮捕されてしまう。
パスポートも“ベネディクト”名義になっており、おまけにアパートの住民までソフィの顔を見て以前から住んでいたと言う。う〜ん、やっぱりただの多重人格モノかと萎えた気分で見ていると……ストーリーは目まぐるしく展開。それでもついていく気にさせるのは、このヒロインが不屈の根性でサバイバルを繰り広げるから。逃走シーンでは鍵穴に鍵を差し込んで鍵の持ち手を叩き折って走り去る。素人が咄嗟にこんなことできるかよ!と一瞬笑ってしまったが、それでも力技でねじ伏せられてしまうほど彼女の必死さには説得力があるのだ。
フランス映画のどんくささも功を奏している。フランス映画というと一般的にオシャレなイメージがあるが、実はセンスないストレートさとどん臭さを持っていると思う。警察とのチェイスは派手なカーアクションではなく、ただただ走り回るのみ。それも、普通の住宅地で一般家庭のリビングや庭をドタドタと走り抜け、このシーンがやたらと長い。だがスピーディなストーリー展開とバランスがよく、おかげでストーリーも空回りせずにすんでいる。
そして、彼女を追う警部のオジサンのノワール感とシブさがまた良かった。執拗なほどソフィを追い掛け回すが、下手に彼女に情をほだされることなく、彼が追求するのは純粋に事件の真相だ。そのブレない姿勢がカッコイイ。鑑賞後に気づいたが、ヒゲモジャのシブいオジサンの正体は元サッカー選手のエリック・カントナであった。『エリックを探して』でもケン・ローチ監督のまさかのファンタジックコメディを成立させる存在感を見せていたが、こんなに演技もできるとは。彼は思わぬ拾い物だった。
そんな“キング”エリックが好演する警部の追求と並行して、絶体絶命のソフィも独自の調査とサバイバル精神のガッツで真相へと迫ってゆく。リアリティよりも登場人物たちの必死さでひっぱられてゆくサスペンスミステリー、ラストやいかに? ネタバレまでして人目を引こうとするほど配給会社も必死なのかどうか? 見るんじゃなかったと虚しさだけが残る例のタイプではないことは確かだ。
『スウィッチ』は12月10日より新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開される。(文:入江奈々/ライター)
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