【週末シネマ】底抜けの多幸感が印象的。難民問題に切り込んだカウリスマキ流社会派映画
寡黙だが、ボソッとつぶやく一言に味がある。アキ・カウリスマキの映画には、そんな人間を思わせる魅力を備えている。目立たず慎ましく生きる人々を、独特のユーモアと繊細なタッチで描き続けてきた彼の新作は、現実社会の暗さや厳しさを優しさとささやかな幸福に反転させた、美しいおとぎ話のようだ。
フランスの港町、ル・アーヴルで靴みがきをしているマルセル。彼はかつてパリで売れない芸術家だった。そう、20年前のカウリスマキ監督作『ラヴィ・ド・ボエーム』に登場した、あのマルセルだ。鉄道の駅や街角で働き、馴染みの店に立ち寄った後はわずかな稼ぎを持って最愛の妻と愛犬のもとへ帰宅する単調な日々を送っていたある日、彼の人生が大きく変わる事態が起きる。妻・アルレッティが不治の病に倒れて入院、同時にアフリカから不法入国した難民の少年がひょんなことから彼のもとへ転がり込む。少年を追う警察の目をかいくぐりながら、マルセルはイドリッサと名乗る少年を、彼の家族が待つイギリスへ送り出すべく奔走する。
ご存知のようにフランス共和国の標語は「自由、平等、博愛」だ。平等とはいえないこの世の中で、博愛精神に満ちた鉄壁の連帯感で、隣人たちはマルセルと少年を守る。彼らの善意を一身に受け、その恩に報いようとするイドリッサ。決して絶望せず、漠然とした楽天性を持つマルセル。そんな夫に献身的な愛を注ぎ続けるアルレッティ。それぞれが自分に与えられた役目を全うし、善意と反骨、自由を尊ぶ心をもって生きている。
20年ぶりにマルセルを演じるアンドレ・ウィルム、アルレッティを演じるカウリスマキのミューズ、カティ・オウティネンはもちろん、イドリッサ役のブロンダン・ミゲルも、カウリスマキ作品の登場人物に欠かせない誠実さを表現する。レオーとダルッサン、2人のジャン・ピエールが敵側に立つ役どころ(レオーは密告者、ダルッサンは警視)を演じているが、ダルッサン扮するモネ警視は、全てを白黒で割り切れない複雑さを表し、味わい深い。一瞬の登場で“悪意”の象徴として強烈な印象を残すジャン・ピエール・レオーは、俳優としても人間としても凡人とは別の次元にいる、稀有の存在だと改めて思わされた。
現実の世界では4月22日に行われたフランス大統領選の第1回投票の結果、現職のサルコジ大統領と社会党候補のフランソワ・オランド氏が決選投票に臨むことになったが、彼らに次いで得票率3位につけた候補は、不法移民の排除を強く訴える極右政党の候補だった。そうしたフランスの現状を踏まえると、この映画の意味は一層深くなる。カウリスマキは「ヨーロッパ映画はこれまで、(中略)いまだ解決の見えない難民問題を招いている事柄を扱ってこなかった」として、本作でこの問題を取り上げたかったと語る。
市井の人々の善意と気概が、底抜けの多幸感に包まれたエンディングを導き出す。何ともぶっ飛んだ、カウリスマキ流社会派映画とでも呼びたい快作だ。
『ル・アーヴルの靴みがき』は4月28日よりユーロスペースほかにて全国順次公開される。(文:冨永由紀/映画ライター)
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