候補者の人間性をむき出しにする“選挙”という魔物 濃密すぎる期間を追った2時間半について考える
政治とは何のため、誰のためのものなのか?
【週末シネマ】昨年公開され、ドキュメンタリー作品として異例の大ヒットを記録した『なぜ君は総理大臣になれないのか』の続編というべき『香川1区』が今週末より全国公開された。
・『なぜ君』続編を作ったのは、自民支持者の理屈を知りたかったから/大島新監督インタビュー
・野党よ、これが自民の集合知だ! 激戦“香川1区”追う『なぜ君』監督、選挙を語る
そのものズバリのタイトルが指すように、昨年10月に投開票が行われた第49回衆議院議員総選挙を中心に、前作から続いて小川淳也議員の活動に密着したドキュメンタリーだ。
2021年、前年から続くパンデミックの最中での総選挙に向けた始動から投開票の当日、その後の立憲民主党代表選挙までを追う。小川議員の2003年の初出馬から17年間追い続けた『なぜ君』の上映時間は約2時間だが、1年足らずとはいえ、あまりにも濃い期間をとらえた本作は2時間半を超える。
「事実は小説より奇なり」というが、小川議員の選挙区である香川1区での選挙運動中には「映画じゃあるまいし」と言いたくなるような瞬間が次々と押し寄せてくる。それが作り事ではない現実であることを恐ろしく思う場面、希望を感じる場面、その両方がある。
大島新監督は選挙区に赴き、今回は小川議員の陣営だけではなく対立候補の自由民主党の平井卓也議員の支持者の声も聞いていく。菅内閣でデジタル大臣に就任した平井氏は世襲議員で、地元の有力紙「四国新聞」やテレビ局「西日本放送」のオーナー一族であり、地域への影響力は大きい。
カメラの前で話すことに応じた支持者の言葉は深い。目の前の自分たちの生活を第一に考える人もいれば、考えなしに一票を投じる人もいる。自民党一択で他党については念頭にないのかといえば、「他の党のことを考えているから自民党」と言う年配女性のキッパリした口調にも考えさせられた。
平井議員とは対照的に「地盤・看板・カバン」なしの小川議員の選挙運動は、今回も地道だ。有権者1人1人はもちろん、まだ投票権がない若い世代との対話にも熱心で、彼らの言葉を受けとめて議員自ら語る理念、理想には訴えかけるものがある。真似の出来ない選挙活動だと思った。行動をなぞることはできるかもしれないが、有権者の信頼を得ること、その信念と誠意だけでこれほど多くの仲間に恵まれる人は、そうはいないだろう。
選挙前の夏、東京の事務所で大島監督を迎えて取材に応じた際は余裕もうかがえた平井議員だが、選挙運動が始まると、様子は一変する。大島監督や撮影スタッフへの強硬な態度は作品中に登場する通りだ。取材に向かった先で「報道機関ではないから」と門前払いをされるが、その仕打ちに応えるように、選挙にまつわる驚くべき情報を得た撮影隊は調査にあたり、知り得た事実を本作で伝えた。
突如現れた3人目の候補、町川順子氏も含め、選挙に臨むことで候補者それぞれの人間性がむき出しになるのは興味深い。
むき出しといえば、小川議員は前作よりもさらに胸襟を開いている印象だ。長年かけて築いた信頼関係があるとはいえ、カメラと共にやって来る相手なのだが、議員は今どきの大人びた子どもよりも無防備に心情を露わにする。カメラの存在をまるで忘れて怒るし、泣くし、喜ぶ。反省もする。皆、その人柄にほだされるのだろう。誠実な言葉を信じて、将来を託そうと思うのだろう。
『なぜ君』もそうだったが、『香川1区』も主役の小川議員の周りで発せられる言葉の数々が心に残る。今回は、父親と、支える母親の姿もしっかりと見て成長した娘2人の言葉が印象的だった。本作が掬い取った有権者たちの発言1つ1つも然り。支持する政党や議員といったものを超えて、政治とは誰のため、何のためのものなのか、改めて考えさせられた。(文:冨永由紀/映画ライター)
『香川1区』は東京・ポレポレ東中野ほかにて先行公開中、1月21日より全国公開。
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