『レ・ミゼラブル』
こんなにも人の顔に見入る映画、その表情を見続けずにはいられなくなる映画はめずらしい。台詞をメロディに乗せて語る。一語一語に込められた感情が映像からあふれ出す。1985年の初演以来、ロングランを続け、日本をはじめ世界中で親しまれているミュージカルが、『英国王のスピーチ』のトム・フーパー監督によって映画化された。ハリウッド・スターであると同時にブロードウェイの舞台でミュージカルに主演し、トニー賞主演男優賞受賞経験のあるヒュー・ジャックマンという、このうえない適任者が主演する『レ・ミゼラブル』は、しかしながら彼の独壇場にはならず、有名無名を問わずキャストの熱演が堪能できる群像劇だ。
フランスの文豪、ヴィクトル・ユゴーの原作は、不遇から盗みを働き日陰者となったジャン・ヴァルジャンが、再び犯した罪を赦す司教の真心にふれたことで生まれ変わり、善良な人間として生き抜こうとする姿を描いた長編。本作は、司教と銀の燭台のエピソードなど、ヴァルジャンの前半生を駆け足でたどった後、マドレーヌと名を変えて実業家として成功を収め、地方都市の市長も務め始めた彼の後半生に焦点を置く。
数十年にわたってヴァルジャンを執拗に追い続けるジャヴェール警部、娘を預けてヴァルジャン経営の工場で必死に働くも次々と不運に見舞われ、底辺に身を落としていく悲劇的なファンテーヌ、娘の養育費と称して彼女に金を要求し続けるテナルディエ夫妻、そしてファンテーヌの忘れ形見となる娘のコゼット。彼女と恋に落ちるマリウス、彼が身を投じる民衆闘争のなかに参加する浮浪児ガヴローシュ。個性的なキャラクターが波乱の物語を盛り上げる。それを演じるキャストが、演じながら実際に歌う声をそのまま収める手法が、これまでのミュージカル映画にはないライブ感と説得力をもたらしている。
本来、舞台と客席という距離感を念頭に作られたものをクローズアップで見ると、面食らうほどの迫力だ。舞台版も未見でミュージカルナンバーの数々も正直言ってそれほど好みではない身には、最初のうちこそ、ちょっと味つけが濃いめに感じられる。だが、気づけば、その世界に馴染んでいた。それはカメラに撮られること、それも極端な寄りで撮られるということを知り尽くしたキャスト=“第一線で活躍する映画スター”の力によるところに思える。
ラッセル・クロウの無骨で苦悩に満ちた風貌は、単なる敵役になりかねないジャヴェールの抱える暗い闇を表現する。やせ細った体でどん底に堕ちた哀感を漂わせるアン・ハサウェイ、薄汚い小悪党夫婦を怪演するサシャ・バロン・コーエンとヘレナ・ボナム・カーター、彼らの表情を徹底的にとらえる映像を目の当たりにすると、これはやはりスクリーンで見るべきなのだと感じる。中心に立ち、常に良心と向き合い苦しみながら正しく生きようとする主人公を演じるヒュー・ジャックマンの、壮大な物語を牽引する存在感、豊かな才能には脱帽の一言。ミュージカルと映画を1つにすることで、どちらか一方だけでは成し得ない新しい表現が生まれた。そんな気がする。(文:冨永由紀/映画ライター)
『レ・ミゼラブル』はTOHOシネマズ 日劇ほかにて全国公開中。
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