『選ばなかったみち』サリー・ポッター監督インタビュー

認知症の父を演じるハビエル・バルデム、娘役のエル・ファニングとは初共演!

#サリー・ポッター#認知症#選ばなかったみち

ハビエル・バルデム

若年性認知症だった弟、その介護経験をもとに映画化

ハビエル・バルデム×エル・ファニング初共演、監督の実体験に基づき父の幻想と娘の現実を描いた問題作『選ばなかったみち』が2月25日より公開される。

『選ばなかったみち』
2022年2月25日より全国公開
(C)BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND THE BRITISH FILM INSTITUTE AND AP (MOLLY) LTD. 2020

本作は、イギリスを代表する女性監督サリー・ポッターの最新作。ニューヨークに住むメキシコ人移民レオは作家であったが、認知症を患い、誰かの助けがなければ生活はままならず、彼を介護する娘モリーやヘルパーとの意思疎通も困難な状況に。ある朝、モリーが病院に連れ出そうとアパートを訪れる……そこからの24時間を描いた物語である。人生の岐路で自分の選んだ道は正しかったのか、もしも別の選択をしていたら? 胸の奥底にしまい込んだ過去の大切な出来事や記憶を繋ぎながら、人生の奥深さに迫る感動作だ。

主人公である父レオ役は、圧倒的な存在感で見るものを引き付けて離さないオスカー俳優ハビエル・バルデム、娘モリーをイノセントな魅力を放ちながらも確かな演技力で数多の実力派監督と組んできた人気女優エル・ファニングが演じる。

年々、世界的に増加する認知症。その患者とどう向き合うのか、今日的な問題となりつつある。弟が若年性認知症と診断され、介護で寄り添った経験をもとに自ら脚本も手掛けたポッター監督が今回、インタビューで本作への思いを語ってくれた。

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──この映画のアイデアはいつ浮かんだものなのでしょう? 弟ニックさんの介護経験の中で浮かんだ物語であるとのことですが、本人には伝えましたか?

監督:このストーリーは、若年性認知症を患った弟の傍らにいた時に感じたことをもとにしています。彼の目をのぞき込むと、どこか別のところへ行き、心の奥では何かを体験しているようでした。別の現実へ自由に出入りする能力を持っているのではないかと思えました。でも、その時に感じたことを映画にしようと決めたのは、彼が亡くなって数年経ってからのことでした。彼が闘病しているのを近くで見ているのはとてもつらいことでもありましたが、学んだことや経験したこともあります。その頃に見たことがどんなものだったのかを改めて考え直していた時に、ひとつのストーリーとして形にしたいと思うようになりました。心の病気を悲劇として描くのではなく、違った視点で描ければという思いがあったんです。
“パラレルで連動する世界”というものは、それとは別に前々から考えていたことで、アイデアを書き留めているノートに10年ぐらい前から温めていたものでした。それと繋がっていき、パラレルユニバースのような存在と自分たちの人生に対する視点が組み合わさっていったのです。

『選ばなかったみち』撮影現場の様子。左からハビエル・バルデム、エル・ファニング、サリー・ポッター監督

──この映画を24時間の物語にしようと思った理由を教えてください。

監督:沢山の要素や可能性がある中、ストーリーを考える上で、ひとつの枠組みが必要になってきます。24時間というのは私たちが毎日繰り返しているサイクルであり、具体的でもあります。アイルランドの作家ジェイムズ・ジョイスが「オデュッセイア」(古代ギリシアの長編叙事詩)をもとに「ユリシーズ」を書いていますが、これは24時間の物語でもあります。あるべき場所、ホームに戻るということがそのひとつのテーマでもあり、本作の裏のテーマとして持っているものでした。
遠くへ行ってまた戻って来る人に関するストーリーを語ることや、更に、その人が戻って来た時に、あなたは誰なのかとたずねること、そして、24時間という限られた時間の中で、それが何を意味するのかという可能性の全てについて探索することは、チャレンジングな経験でした。

──ハビエル・バルデムが演じるレオについて、3つの異なる、けれども絶妙に交わる物語が展開します。それぞれのレオは性格も少しずつ異なっていますね。

監督:レオの3つの人生を通じて彼の本質を理解できますが、異なる環境や、職業、人間関係によって、それぞれは微妙に変化しています。ハビエルにとっては、3つのパラレルの世界で少しずつ異なるキャラクターを演じているような感じだったと思います。ひとりの人物としての根幹や本質は同じであっても、人間というのは自分が身を置いている環境や時間や選択によって形作られるものです。少しずつ違う3人をひとつの作品で演じることは、彼にとっても大きな挑戦だったのではないでしょうか。レオの精神的な障がいは、内なる境界線を越えることができる、ずば抜けた才能だと確信しています。

描きたかったのは多様性、様々な境界線によって世界は成り立っている

──ハビエル・バルデムという俳優に、どんなことを期待していましたか?

監督:ハビエルがレオを演じることになり、アメリカに住むメキシコ人を演じてもらうことは素晴らしいアイデアだと思いました。メキシコとの国境が大きな問題となる中でアメリカの真の姿を描けるのではないかと思いました。この映画にはたくさんの境界線が交差しています。それは、個人、国と国、父と娘、男女、異なる人種の人間関係にまで及んでいきます。つまり、様々な境界線によって世界は成り立っているということを描きたいと思ったのです。
ハビエルはカリスマ的な存在感を持っていて、スクリーンを埋めてくれます。存在感がとても強いので、逆に男性の弱さを追い求めることができ、相反する緊迫感を作り上げることができます。私は、彼独特の資質に脚本を合わせることや、その並外れた表情にカメラが焦点を置く様子を見ることがとても楽しみでした。彼がこの役柄をとても真剣に受け止めてくれたことが嬉しかったです。

『選ばなかったみち』撮影現場の様子。ハビエル・バルデム(左)とサリー・ポッター監督(右)

──エル・ファニング演じる娘のモリーは、どういう人物として描こうと考えましたか?

監督:傷ついている父を支えたい、愛情に突き動かされて父をケアしたいと心から思っているということをきちんと表現できるキャラクターでなければなりませんでした。その上で、それを悲劇としてではなく表現していくことが大事でした。前向きな愛情からくる相手への繋がりを感じさせることができるかどうか。その意味で、エルには遊び心があり、軽快さと楽しさを持ち合わせたような形で見せることができます。
それから、モリーがこれから自分のキャリアやひとりの人間としての人生を築いていく若い女性であると感じられることも大事でした。ケアをしたいけど自分の人生もある……それで苛立ったり怒ったりする場面もある訳です。その葛藤を詰め込みました。

サリー・ポッター

『選ばなかったみち』撮影現場の様子。中央がサリー・ポッター監督

──エル・ファニングとは『ジンジャーの朝 ~さよなら、わたしが愛した世界』(13年)に続くタッグとなりましたが、彼女の俳優としての魅力はどんなところにありますか?

監督:エルは、彼女が直接経験していない人生を歩む人物を演じ切る並外れた能力を持っています。それに、精神的にオープンで、自身をコントロールできる。例えばシーンの始めで感情をさらけ出した後に、再び心の扉を閉じて、笑い声を上げたり、クスクスと笑ったりすることができるのです。彼女がトラウマをさらけ出すシーンを撮影した後に、「は〜、気分がすっきりした!」なんて言って驚かされることが多かったです。

──モリーは、レオが繰り返し“彼”と言われることに対して怒りをあらわにしますが、このシーンにはどういう意図があるのでしょうか?

監督:弟や自分の友人に向けられる言葉として、私が実際に見てきたものです。それを見ながら敬意に欠けていると前から感じていたことだったので、「これは書かねば」と盛り込みました。もちろん、三人称を使っている方が何か悪い意図をもって使っている訳ではないでしょうが、自分たちが理解できないコミュニケーションの仕方をされた時に混乱してそういう言葉を使ってしまうんだと思います。

──サルマ・ハエックは短い出番でありながらも、ドロレスという悲しみと向き合う人間をものすごい深さで見せてくれます。この役は彼女以外にありえないと考えていたそうですが、その理由は何ですか? 実際の彼女の演技はどうでしたか?
選ばなかったみち

レオ(ハビエル・バルデム/左)とドロレス(サルマ・ハエック/右)

監督:ドロレスはレオにとっても重要な存在なので、出番は短くても強い個性を持ったキャラクターとして存在していなければならず、それを感じさせる人物である必要がありました。だから、演じるにあたってものすごいカリスマ性を持った俳優が必要で、それがサルマだったのです。ハビエルと同等に渡り合い、ふたりの間に強い絆があるように感じさせなければならない。その上で、もともとふたりが友人であったことはすごく役立ったと思います。この役をオファーした時、サルマが撮影に参加できるのは数日しかなかったのに、その中でこれらの全てを理解した上で引き受けてくれました。ドロレスというキャラクターに深い思いを込めて、強烈な存在感でかつ美しく演じきってくれたと思います。私は、彼女の演技に敬意を抱いています。

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──この映画から何を受け取ってほしいですか?

監督:脚本の執筆中、私はこの映画を、人生の奥深さに迫る作品にしようと考えていました。悲しい場面もありますが、一筋の光を差し示せればと思いました。観客の皆さんには、レオの物語を通して、複雑で神秘的な自分の人生を追い求めてもらえたらと願っています。

サリー・ポッター
サリー・ポッター
Sally Potter

1949年生まれ、イギリス・ロンドン出身。14歳の時に初めて8ミリ映画を制作。それ以来、9つの長編映画と、『Play』(70年)や『Thriller』(79年)などの短編映画を手掛ける。テレビシリーズの脚本と監督や、オペラ作品(2007年のイングリッシュ・ナショナル・オペラの「カルメン」)、舞台作品の演出など、振付、音楽、パフォーマンスアート、実験映画という分野における多数の経歴を持つ。ヴァージニア・ウルフの古典小説を大胆に映画化した『オルランド』(93年)で第66回アカデミー賞(美術賞・衣装デザイン賞)にノミネート、その他、多数の映画賞を受賞しその名を世界に知られる監督のひとりとなる。自身も出演を果たした『タンゴ・レッスン』(97年)は英国アカデミー賞にノミネート、その後も『耳に残るは君の歌声』(01年)、『愛をつづる詩』(05年)、『Rage』(09年)、『ジンジャーの朝 ~さよなら、わたしが愛した世界』(13年)、『The Party』(17年)などがある。