【週末シネマ】素晴らしい思いつきが素晴らしい作品になるとは限らない理由とは?

『セブン・サイコパス』
(C) 2011 Blueprint Pictures (Seven) Limited, The British Film Institute and Film4
『セブン・サイコパス』
(C) 2011 Blueprint Pictures (Seven) Limited, The British Film Institute and Film4

『セブン・サイコパス』

猟奇映画で愛と平和を説く。そんな無謀な命題に挑戦しようと悪戦苦闘する脚本家と親友の売れない俳優が、ネタ探しの過程で次々とサイコパスに面会、彼らの起こす事件に巻き込まれながら、少しずつ脚本を書き上げていく。『セブン・サイコパス』はタイトル通り、イカれた7人が入れ替わり立ち替わり登場し、一癖ある笑いとサスペンスを緻密な構成で積み上げていく。

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主役の脚本家のマーティにコリン・ファレル、親友で俳優のビリーにサム・ロックウェル、ビリーと一緒に金持ちの愛犬をさらっては小金を稼ぐ老人ハンスにクリストファー・ウォーケン。ほかにウディ・ハレルソン、トム・ウェイツなど、いかにもな顔ぶれが揃い、期待以上の活躍を見せてくれる。

マーティは「ハリウッド的な猟奇映画はウンザリだ。愛と平和を描きたい」と、新作に『セブン・サイコパス』というタイトルは思いついたものの、1人目のサイコパスを“非暴力の仏教徒”と設定した途端、執筆に行き詰まってしまう。親友のビリーはオーディションで監督と話が合わず殴ってしまうような性格だが、マーティに対しては異様に協力的で、様々なアイディアを提供するのみならず、ネタ集めのために「サイコパス募集!」と新聞広告まで出す始末。真っ白なウサギを抱えた不気味な男が驚くべき過去を語りに訪れる一方、ビリーが病身の妻を抱えた60過ぎのハンスと手を染めるセコい犯罪──他人のペットを短期間拝借してから飼い主へ無事に届けて謝礼を受け取る──で、やたらに凶暴なマフィア幹部が溺愛するシーズー犬に手を出したことから、とんでもない騒動へと発展する。

ステレオタイプはいやなんだ、と言うその口で、結構型通りの偏見や差別に満ちた不謹慎な発言連発のマーティ、首に巻いたアスコットタイがダンディで敬けんなクエーカー教徒の愛妻家なのに、口を開けばこちらもFワード連発で妙にドスの利いているハンス、ぶっ飛んだ言動で平和主義の2人を振り回すビリー。3人はウディ・ハレルソン扮する愛犬家マフィアとの血なまぐさい追跡劇の末に砂漠へと向かう。その過程でもマメに脚本作りは続き、映画の進行に合わせて映画の中でもう1つの『セブン・サイコパス』の形も徐々に整っていく。

監督は、本作でも主演のファレルがゴールデン・グローブ賞ミュージカル・コメディ部門主演男優賞に輝いた『ヒットマンズ・レクイエム』(08年)のマーティン・マクドナー。主人公に自身と同じ名前を冠し、「動物だけは殺しちゃダメ」など、存外窮屈なハリウッド映画作りの約束事への憂さ晴らしをちょいちょい入れ、音楽のチョイスや場面のあちこちに仕掛けた遊びにセンスが光る。映画好きにはたまらないクセ者俳優たちも、その才気に惹かれて集結したのだろう。ファレルは『デッドマン・ダウン』も現在公開中だが、覚悟を持った寡黙な男を演じた同作とはまるで違う、酒飲みでちょっと頼りない男の成長を好演する。

特筆すべきはクリストファー・ウォーケンで、老境に達した男が背負った喜劇、悲劇、狂気、愛を静かなの佇まいの中で表現してみせる。劇中のハンスの言葉を借りるなら「層が厚い」のだ。機嫌良く破顔一笑の顔が不穏というのは馴染みある姿だが、最近のウォーケンは慈愛が似合うようになってきた。決してべたつかない、節度のある温かさには神々しさすら漂い、それは劇中、マーティがどうしても筆を進められないあるエピソードの解決策を提案する場面で発揮される。ここは本当に、奇想天外にして大きな感動を呼び起こす絶品シーンだ。

その一方で、映像化されたハンスのアイディアを見ながら、あらすじだけなら大傑作に思えるのに実物は「どうしたらこんなにつまらなく出来る?」と唖然とさせられる作品はいくらでもあることに気づいた。思いつきを語ることとそれを実際に作品として形にすることの違い、その難しさを実感させられる。

血と暴力にあふれた物語に銃は欠かせない小道具なのだが、マーティやハンスの振舞いからは、声高ではないが銃に対するアンチな姿勢も伝わってくる。車が炎上し、サイコパスたちが刃を振りかざし、滅茶苦茶に銃を撃ち合う姿を見ながら、愛と平和の追求について考えていた。そう、冒頭でマーティが掲げた目標は達成された。(文:冨永由紀/映画ライター)

『セブン・サイコパス』は11月2日より新宿武蔵野館ほかにて全国公開される。

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