桜庭一樹の直木賞受賞作を浅野忠信と二階堂ふみ主演で映画化した『私の男』。社会のモラルから外れることも厭わず、2人だけの世界を守ろうとする男と女の道行きを描く問題作だ。
・【週末シネマ】3つの時代を3つの画像サイズで描き分けた、こだわり監督の冒険活劇
北海道・奥尻島の災害で家族を失い、孤児になった10歳の少女・花と、彼女を引き取った遠縁の男・淳悟は道内の紋別町でひっそりと暮らし始める。女性と交際しながらも結婚しようとはしない淳悟、同級生たちとはかすかな距離感がある花は町の人々とも積極的につき合うことはない。そんな2人に違和感を覚える者が徐々に増え始めた頃、ある事件が発生し、淳悟と花は逃げるように町を離れる。
人目を避けて禁断の愛を育んできた男女が、誰にも邪魔されないことだけを考えて行動する。周到な計画というより、狩られて逃げる獣のように本能的に動く2人が艶かしい。大胆に振る舞いながら、思いつめたような表情にもなり、激しい表現はなくとも揺れ動く感情が全身から伝わってくる花、対して、禁忌とか倫理とか、何もかもどうでもいいような、罰当たりで荒(すさ)み切った風情の淳悟の関係性がこの映画のすべて。藤竜也や高良健吾らが脇を固め、凍てつく北海道の地と流氷の海が主人公2人を支える。
流氷まじりの冷たい海にそのまま入るリアリズムと、血の雨が降るような観念的な描写が混在する。その混沌は花の心情を見ているようだ。時代によってフォーマットを変えるのは最近の流行だが、本作も花の幼少期は16ミリ、紋別町時代は35ミリ、東京に移住して以降はデジタルで撮影している。
熊切和嘉監督は前作『夏の終わり』が瀬戸内晴美原作、その前の『海炭市叙景』は佐藤泰志原作、と21世紀の文芸映画作家とも思える指向。『夏の〜』でも満島ひかりと綾野剛に小林薫という、旬の若手と得体の知れない魔力のあるベテランをキャスティングしていたが、今回の2人も同じような組み合わせだ。
十代から二十代にかけて、淳悟と相対していくなかでの花の変化を二階堂は健気に演じている。衣裳やメイクの力も借りつつ、もちろんそれだけではない微妙な変貌の表現は数年前の出演作『指輪をはめたい』でも見せたもの。今年20歳という年齢相応の若さもあれば、老成した洞察力も感じさせる。そんな彼女の熱演を受けとめるというより、口を開けてすべて呑み込んでしまうブラックホールのような浅野はただただ恐ろしく、そして色っぽい。本人も言う通り、40歳になった「今しかできない役」だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『私の男』は6月14日より全国公開される。
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