『舞妓はレディ』
周防正行監督が魅せられた歌声
で、上白石萌音である。この『舞妓はレディ』は1996年の『Shall we ダンス?』よりさらに遡ること20年前に最初の企画が持ち上がったということだが、現在16歳の彼女はその頃まだ生まれてもいない。20年という歳月は、周防監督が舞妓やお茶屋、花街の世界を徹底的に取材するために必要であったのと同時に、この決定的なヒロインが世に出てくるのを待つためのものだったのでは……。そうドラマチックに考えたくなるほど、ここでの上白石萌音は西郷春子という津軽弁と鹿児島弁のバイリンガル少女を自然に演じ切っている。
歌って踊れる800人の候補から彼女が大抜擢されたエピソードについては、監督自身が方々のインタビューなどで語っているが、監督が魅せられたのは、何よりその歌声だったようだ。本編が始まって間もなく披露されるミュージカル曲「私の夢」を聴けば、それがすぐに理解できるはず。初々しく未完成でどこまでも素朴な歌声が、その風貌と相まって見る者に過度な感情移入をもたらすというか。そして長谷川博己や草刈民代、富士純子といった“普通に上手い”役者陣の歌と混じり合うことで、そのピュアさがより引き立てられるのだ。
劇中で春子が一人前の舞妓へと成長していくのに合わせて、彼女の歌う歌も複雑な心の機微を描いたものに変化していく。本日公開というタイミングなのであまり突っ込んだ内容までは書かないが、「これが恋?」のような王道のラブソングも、どこか不器用で未消化なところがあり、背伸びしている様子がストレートに伝わってくる。周防監督はここであえて彼女が上手く歌えていないテイクを採用したそうで、それも効いているのだろう。声の一音一音、表情のひとつひとつが生々しく感じられ、すっかり引き込まれてしまう。
本来なら劇中で使われるその他のミュージカル曲にも細かく触れたいところだが、ここではあと2曲だけ。ひとつは、薹が立った舞妓を演じる田畑智子の歌が意外なほど味わい深い「襟替え」。彼女の新しい一面が見られるコミカルな曲だ。もうひとつは竹中直人の演じる男衆(おとこし)が自分の仕事を説明する「男衆の歌」。この人の出演作を見るといつも思うのだが、どう見ても竹中直人本人がコントを演じているようにしか見えないのに、それでいて確実に物語のフックになって、作品に芸術性のようなものが加わる。この歌は、竹中直人のそんな不思議な“役者力”を凝縮したかのような一曲になっている。
『それでもボクはやってない』や『終の信託』といった近作で社会派な印象を強めた周防監督が、ここまでエンタメ方向に振り切った作品を再び作るとは想像していなかったが、『舞妓はレディ』がミュージカルというフォーマットを得ることでエンタメ作品としての幅をグンと広げていることは確かだ。上白石萌音という新しい“歌姫”を得て、新旧が合流した周防組が今後どんな作品を作ってくれるのか。気が早いが、期待はすでにかなり高まっている。(文:伊藤隆剛/ライター)
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