『ブラックハット』
骨太な男の映画を作り続けるマイケル・マン監督の最新作『ブラックハット』は、香港で起きたサイバー・テロに端を発するクライム・アクションだ。デ・ニーロとパチーノ主演の『ヒート』、ジョニー・デップとクリスチャン・ベイルの『パブリック・エネミーズ』、そして『マイアミ・バイス』などで男と男の対決、友情を描いてきた監督がヴァーチャルな戦いという題材をどう扱うか? そこに興味を引かれるが、本作もやはり男同士のぶつかり合いに美しい女が絡む、正統派のマイケル・マン作品だ。
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まず驚くのが、コンピュータのディスプレイからケーブルをたどり、という古典的な手法で最初のサイバー攻撃を描くオープニングだ。標的にされたのは香港の原子力発電所で、冷却システムの破壊によりメルトダウン寸前状態になる。直後にアメリカでも同一犯と見られるサイバー犯罪が発生、犯行声明も要求もないまま、中国とアメリカは合同で正体不明の犯人逮捕を目指して捜査を始める。彼らが協力を求めたのは、ハッキングの罪で獄中生活を送る天才プログラマー、ハサウェイだった。
彼とコンビを組むのは人民解放軍サイバー防衛の責任者のチェン・ダーワイ。アメリカで教育を受けた英語に堪能なダーワイと、優秀なネットワーク・エンジニアである妹・リエンも加わり、アメリカ、香港、マレーシアやジャカルタにまで及ぶ大追跡が始まる。
主人公・ハサウェイを演じるのは『アベンジャーズ』シリーズのマイティ・ソー役でお馴染みのクリス・ヘムズワース。F1ドライバーを演じた『ラッシュ/プライドと友情』など、線の太い男役を得意とする彼はどこから見てもマイケル・マン映画の主役にぴったりで、少しもステレオタイプのハッカーに見えない。そのギャップに意味を持たせるのかといえば必ずしもそうではないのもマン監督らしい。
ハサウェイと行動を共にする中国人の兄妹を演じるのは、アン・リー監督の『ラスト、コーション』のワン・リーホンとタン・ウェイだ。ヘムズワースはワンと男の友情を、タンとは危機的状況下での恋愛を演じ、監督の世界を構築するというミッションを完遂する。FBI捜査官を『ヘルプ〜心がつなぐストーリー〜』などの実力派女優、ヴィオラ・デイヴィスが演じている。
オールドスクール然とした作風もあってだろうか、なぜかマイケル・チミノ監督の『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』(85年)を思い出した。あれから30年経つが、ハリウッド映画におけるアジア系の描き方はあまり変わらない。『イヤー・オブ〜』でミッキー・ロークの部下で潜入捜査をする新人警官を演じたのは中国系アメリカ人俳優のデニス・ダンだった。ダンと同じく、アメリカに生まれ育ったワンは台湾に渡ってアジア圏のスターとなり、本作で故郷に錦を飾った。だが、演じる役はアメリカ人ではなく、完ぺきなアメリカ英語を話す中国人。ハリウッドがアジア系に求めるのは、モデルのような美女と頼れるサポーターに徹する男なのだ。その是非を問うつもりはない。それが現状であると改めて認識させられた。適材適所のキャスト、アクションとサスペンスで熟練の手堅さを味わう133分だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ブラックハット』は5月8日より公開中。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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