世界有数の国立少年合唱団を舞台に、才能豊かな12歳の少年の成長を描いたヒューマン・ドラマ『ボーイ・ソプラノ ただひとつの歌声』の公開が始まった。先月78歳になったダスティン・ホフマンが、厳しさと優しさを併せ持つ音楽教師役で熟練の演技を見せているほか、キャシー・ベイツやデブラ・ウィンガーといった名優が脇を固めていることも大きな話題となっている。
主人公のステットを演じるのは、長編映画初出演となる期待の新星、ギャレット・ウェアリング。複雑な家庭環境に育ち、いつも学校でトラブルを巻き起こす問題児のステットだが、その天性の歌声を校長が見出し、名門少年合唱団の付属学校への転校をすすめる。これまでとは180度違う生活の中から自分の才能を磨く喜びに目覚め、気難しい音楽教師のカーヴェル(ダスティン・ホフマン)や生徒たちと心を通わせていくという難しい役どころを、等身大で見事に演じ切っている。
それ以上に驚かされるのが、歌声の美しさだ。劇中の歌唱シーンは、基本的に彼がすべて自分で歌っているという。少年時代のごく限られた時期にしか出すことのできない奇跡の歌声=ボーイ・ソプラノが聖堂で高らかに響き渡るシーンを見ると、よくぞこんな逸材を見つけ出したものだと感心せずにはいられない。
ダスティン・ホフマンの演じるカーヴェルは、少年時代にピアニストとしての夢を絶たれた苦い過去を持つ音楽教師兼指揮者で、最初は自分の才能をムダに持て余しているステットを認めることができず、ひと際厳しい態度で接する。しかし彼の気持ちの変化とともにその才能を素直に受け入れ、育てていく覚悟を決める。
彼は本作に着手する直前の2012年に『カルテット! 人生のオペラハウス』で初めての監督業にチャレンジしているが、そちらは引退した老齢の音楽家たちが再びステージに舞い戻るまでの過程を描いたハートフル・コメディだった。マギー・スミスやトム・コートネイといった同世代のベテランたちの演技から多くの刺激を得たのだろう。本作では若い世代にバトンを渡す役をこなしながらも、どこかでまだ音楽家としての自分の可能性を信じているカーヴェルの複雑な人間性を、陰影に富んだ抜群の演技力で見せていく。若い頃には実際にジャズ・ピアニストになることを夢見ていたというホフマンだけに、ピアノを演奏するシーンにもただならぬ深みを感じさせる。
監督は『グレン・グールドをめぐる32章』や『レッド・バイオリン』など、音楽を扱った作品で知られるフランソワ・ジラール。数々のオペラや舞台劇の演出も手がけており、日本では坂本龍一がサウンドトラックを手がけた『シルク』の監督として知る人も少なくないだろう。大の親日家であり、2011年には中谷美紀を主演に井上靖の小説『猟銃』を舞台化していたりもする。音楽的な描写のリアリティは本作でも健在で、細かいところまで愛情の行き届いた、素晴らしい仕事ぶりを見せてくれている。(後編へ続く…)
・【映画を聴く】(後編)必見&必聴! 二度と戻らない少年時代を奇跡的に封じ込めた『ボーイ・ソプラノ ただひとつの歌声』
『ボーイ・ソプラノ ただひとつの歌声』は9月11日より全国公開中。
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・[動画]『ボーイ・ソプラノ ただひとつの歌声』予告編
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