21世紀版『時計じかけのオレンジ』? トム・ハーディの持ち味を堪能できる『ブロンソン』
『マッドマックス 怒りのデスロード』、『チャイルド44 森に消えた子供たち』、『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』と今年立て続けに主演作が公開になったトム・ハーディ。2008年の主演作『ブロンソン』が1週間限定で劇場公開される。
主人公はイギリスに実在し、今も服役中の犯罪者・マイケル・ピーターソン。子どもの頃から有名になりたくて、郵便局を襲撃して逮捕され、7年の刑を言い渡される。そして刑務所でケンカを繰り返し、看守にたてついて暴れまくり、“大英帝国で最も狂暴な囚人”の異名を持つ存在になった。人ひとり殺していないのに、34年間(映画製作時)服役し、うち30年間は独房入りしていた男は、1度だけ出所した短期間、地下格闘技のボクサーになり、その際リングネームに選んだアメリカの映画スター、チャールズ・ブロンソンを名乗るようになった。
ひと言で言えば、トム・ハーディ劇場。脇に回れば相応のサイズに収まるが、主役として求められれば、どこまでも突っ走る役者馬鹿な姿勢に感嘆させられる。しかも、監督は『ドライヴ』『オンリー・ゴッド』で知られるデンマークの鬼才、ニコラス・ウィンディング・レフン。ハーディがクリストファー・ノーラン監督の『インセプション』や悪役・ベインを演じる『ダークナイト ライジング』以前、ウィディング・レフンも脚光を浴びる以前。ブレイク直前の2つの才能が凄まじいエネルギーを放っている。
映画は、ブロンソンのワンマン・ショーという体裁をとっている。要所要所で上品な客がつめかけた劇場の場面になり、ステージにスーツに白塗りのピエロメイクのブロンソンが立ち、芝居がかった調子で半生を語り、獄中での野獣ぶりが描かれる。問答無用、意味不明の暴れようは、常識では説明がつかない。実際、その理由は描かれないし、理由などないのかもしれない。スキンヘッドに口ひげをたくわえ、自慢の筋肉を誇示するように全裸で暴れ回り、強力な鎮静剤を投与されれば口からよだれを垂らして……と本作でのハーディは徹頭徹尾、外連味あふれる演技だ。
予測不能なブロンソンの行動には妙な純粋さも感じられ、やたら暴力的なのに、破滅型とも違う摩訶不思議なキャラクター。こんな人とは絶対に関わりたくないが、安全圏にいて見る分には滅法魅力的ですらある。目立ちたいという願望と、自分も他者も痛めつけることでしか生を感じられない厄介な衝動を抱えた男。その狂気に一抹の共感を抱せるのがトム・ハーディという俳優の持ち味だ。
公開時、21世紀の『時計じかけのオレンジ』という呼び声もあったというが、確かに主人公がストーリーテラーをつとめ、クラシック音楽に乗せての暴力描写、『アイズ・ワイド・シャット』の撮影監督であるラリー・スミスの起用など、スタンリー・キューブリックを強く意識した作品でもある。
ちなみに実在のピーターソンは、もうブロンソンを名乗っていない。劇中にも描かれる通り、芸術家でもある彼は昨年から、敬愛するサルヴァトール・ダリにちなんで、チャールズ・サルヴァトールと名乗っている。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ブロンソン』は新宿シネマカリテにて一週間限定公開。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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