前編で触れたように、この映画『キャロル』は時代考証がとにかく綿密だ。ニューヨークの街並み、ルーニー・マーラ演じるテレーズが勤務するデパートの店内の雰囲気や、そこで売られている商品。ケイト・ブランシェット演じるキャロルの上流階級者らしいエレガントな装いや、くゆらす煙草の銘柄など。徹底したリサーチに基づくディティールは、見返すほどに感心させられるに違いない。
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それは音楽についても同様。物語の舞台である1952年から53年に、実際アメリカでヒットしたポピュラー音楽が数多く使用されている。ドゥーワップ・グループ、クローヴァーズの「One Mint Julep」、自分の名前を冠したギターの開発者として知られるレス・ポールの「Smoke Rings」、ジョージア・ギブスの「Kiss of Fire」、ジョー・スタッフォードの「No Other Love」など、いずれも当時多くの人に親しまれたナンバーだ。
その中でも特に物語と密接に関わっている楽曲が「Easy Living」。これはビリー・ホリデイがテディ・ウィルソン・オーケストラとともに録音したもので、発売は1937年。劇中で使用される楽曲では、比較的古い録音になる。もともと同名の映画のために作られたインストゥルメンタル曲だったという。テレーズが初めてキャロルの家を訪れた時にピアノで弾いてみせるほか、後にキャロルにレコード盤をプレゼントするなど、形を変えて何度か劇中に登場する。この楽曲は原作でも使われており、物語的にも重要な意味が込められていると考えていいだろう。「あなたのために生きること/それは気楽な暮らし/あなたに恋をすると/生きるのが気楽になる」という歌い出しは、どこかキャロルへ向けたテレーズの想いを代弁しているかのようだ。
さまざまな愛の形が、さまざまな作品に昇華される昨今。同性愛への偏見が今よりもはるかに強かった50年代に出版されたハイスミスの問題作が、60年以上の年月を経た現代に映画として蘇ったのも、ただの偶然ではないように思える。その作品世界が今なおまったく色褪せていないことに驚かされるばかりだ。(文:伊藤隆剛/ライター)
『キャロル』は2月11日より全国公開される。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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