【映画を聴く】『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』前編
堅物の編集者と破天荒な作家の短い蜜月を描く
坂本龍一の父で三島由紀夫『仮面の告白』などを手がけた坂本一亀、手塚治虫に殴りかかった伝説を持つ壁村耐三、鳥山明の育ての親にして“Dr.マシリト”のモデルでもある鳥嶋和彦、テレビ出演が多くお茶の間でも人気の松田哲夫、“ポップ中毒者”こと川勝正幸、最近では又吉直樹の才能にいち早く注目した浅井茉莉子などなど。本来は黒子的役回りである編集者という職種にあって、その枠を超えて知られる才人は日本にもいるが、今回取り上げる『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』の主人公であるマックスウェル(マックス)・パーキンズは、そんな名物&カリスマ編集者の元祖と言っていい存在だ。
映画の原題は『GENIUS』。これは原作であるA・スコット・バーグによるパーキンズの評伝『名編集者パーキンズ』の原題『MAX PERKINS Editor of Genius』に由来している。ここで言う“天才”はコリン・ファース演じる主人公のパーキンズはもちろん、彼が見出したジュード・ロウ演じる作家のトマス・ウルフのことも指している。
ウルフ作品に秘められた可能性を瞬時に見抜いたパーキンズだが、問題はその長大さ。後にデビュー作『天使よ故郷を見よ』としてまとめられる物語は、当初タイプ原稿にして1100枚もあり、パーキンズはこれを800枚にまで削るようウルフに要請。自分の独断で削るのではなく、あくまでもウルフ自身に削らせるように仕向けるパーキンズの話術の巧みさとアドバイスの的確さが本作では生き生きと再現されており、見る者は名作が誕生する神聖な瞬間に立ち会うような気分に浸ることができる。
劇中にはウルフを金銭的にも精神的にも支え続けたアリーン・バーンスタイン(ニコール・キッドマン)やフィッツジェラルド(ガイ・ピアーズ)、ヘミングウェイ(ドミニク・ウェスト)らも登場し、彼らの生きた時代を立体的に浮かび上がらせるが、映画の中心に据えられているのはあくまでもウルフとパーキンズの間に流れる濃密な時間だ。デビュー作でいきなりやって来て、第2作『時と川の』で早くも解けてしまう“魔法”を、マイケル・グランデージ監督はしっかりと捕まえ、再現している。
後編「柴田元幸の翻訳望む! 映画化されるも日本では雑な扱い受ける天才作家」に続く…
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