【映画を聴く】『ダゲレオタイプの女』前編
黒沢清監督のホラー作家としての巧さは健在!
ダゲレオタイプとは、170年ほど前に考案された世界最古の写真撮影法。日本では銀板写真とも呼ばれる。露光時間が長いため、人物撮影の際は拘束器具でモデルの身体を完全に固定しなければならない。金属板に像を直接焼き付けるという技法上、複製することができないが、“記憶を持った鏡”と呼ばれるほど解像度が高く、実在感に満ちた像を得ることができる。
そんなダゲレオタイプの魔力に取り憑かれた写真家のステファンと、彼のために苦痛を伴なう撮影に耐えてモデルを続ける娘のマリー、写真家のアシスタントとして雇われ、やがて娘と恋に落ちてしまう男、ジャンの奇妙で行き場のない関係を描いた作品が『ダゲレオタイプの女』だ。
結果として本作は、フランス映画然としたトーン、ルックを持ちながら、『岸辺の旅』で見せた芸術性や死生観、『トウキョウソナタ』の閉塞感、『CURE』や『回路』『クリーピー』などで実証済みの娯楽性がブレンドされた、新機軸とも集大成とも思えるジャンルレスな作品に仕上がっている。
写真家と娘の暮らす屋敷は、『シャイニング』のオーバールック・ホテルや『クリムゾン・ピーク』の古城と同じように強力な磁場を持ち、3人の精神を着実に蝕んでいく。黒沢作品ではおなじみの薄気味悪いモチーフ−−半透明のビニールのカーテンやクリーミーな空模様、非現実的な照明効果などもきっちり盛り込まれ、あらゆる場面に狂気の端緒になり得る不穏な気配を感じ取ることができる。ジャンルレスではあるけれど、どこにでもある風景をたまらなくコワく見せる、ホラー作家としての巧さは本作でも健在だ(後編へ続く…)。
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