最近めっきり少なくなった魔法のような時間が堪能できる、かけがえのない物語

#ジム・ジャームッシュ#週末シネマ

『パターソン』
(C)2016 Inkjet Inc. All  ights  eserved.
『パターソン』
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『パターソン』
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【週末シネマ】『パターソン』

ジム・ジャームッシュの最新作は、ニュージャージー州の小さな街パターソンに暮らすパターソンという名前の男の7日間の物語。『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』でカイロ・レンを演じたアダム・ドライヴァーが、詩を愛するバス運転手の主人公パターソンに扮する。

ハリウッド女優が揃って尻込みしたショッキングすぎる話題作!

大きな事件は何も起こらない。パターソンは朝起きて妻の愛妻弁当を手にバス会社に出勤し、同僚のインド系男性と他愛ない近況報告を交わし、仕事に取りかかる。合間に頭に浮かぶ言葉を紡いだ詩をノートに書きためている。帰宅して夕食後は愛犬マーヴィンと散歩に出かけて、行きつけのバーで1杯だけ飲んで家に戻って就寝。判で押したように毎日同じことを繰り返すのだが、1つ1つを積み重ねる日常にはところどころにちょっとした出合いもある。

運転席に聞こえてくるバスの乗客たちのやりとり。毎日のように街のあちこちで起きる、老若男女さまざまな双子、パターソンと同じく詩作にふける青年や少女らとの一瞬だけの交流。ところどころにパターソン自作の詩がはさまれるが、それを詠むアダム・ドライヴァーの声が心地いい。朗誦ではなく、つぶやくような何気なさにちゃんと感情が伴っていて、こちらのイマジネーションを触発する。似たようであっても、今日という日は2度と訪れない特別な1日であることを、さりげなく豊かに伝えるジャームッシュの世界にこれ以上ないほどふさわしい響きだ。

行動を起こすよりも、無意識のうちに日常の細部に反応するパターソンに対して、妻のローラは活動的。アーティスト志向で、味より独創性重視の弁当や部屋の模様替え、カップケーキ作りに夢中になったり、カントリー歌手を目指したり、めまぐるしいが、夫の才能の最大のファンであり、彼の詩が脚光を浴びるよう応援している。天真爛漫なローラを演じるイラン出身のゴルシフテ・ファラハニは、フランスやハリウッドで活躍し、今夏公開の『パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊』にも出演している。

積極的で微笑ましい愛妻と、存在感抜群のイングリッシュ・ブルドックのマーヴィンも、『パターソン』に欠かせない存在だが、1989年の『ミステリー・トレイン』以来のジャームッシュ作品出演を果たした永瀬正敏がまた素晴らしい。永瀬が演じる日本人男性とパターソンの邂逅、その間合いはまさにジャームッシュの真骨頂。昨今の映画で味わう機会がめっきり少なくなった魔法のような時間が堪能できる。(文:冨永由紀/映画ライター)

『パターソン』は8月26日より公開される。

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。

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