菅田将暉との相性の良さは奇跡的レベル!

#菅田将暉#週末シネマ

『あゝ、荒野』
(C)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ
『あゝ、荒野』
(C)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ
『あゝ、荒野』
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『あゝ、荒野』
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【週末シネマ】『あゝ、荒野』
すべての瞬間がエモーショナル、
前後篇合わせて5時間強の力作!

4年後の世界はこんな感じだろうか? 2021年の新宿を舞台に、親子の愛に恵まれずに育った2人の男がボクシングを通して出会う『あゝ、荒野』。1966年に寺山修二が発表した唯一の長編小説が、菅田将暉、ヤン・イクチュンを主演に迎え、前後篇合わせて5時間強という力作として映画化された。濃密な物語で、前篇157分はあっという間だ。

[動画]菅田将暉が激白!「やっぱ、ヤン・イクチュンってあぶね〜」

東京オリンピック開催の翌年、東日本大震災発生から10年後の2021年の新宿に、21歳の新次が戻ってくる。幼い頃に父を亡くし、母に捨てられ、悪の道に進んで少年院送りにされた彼は、裏切った仲間への復讐に取り憑かれている。
もう1人の主人公・建二は真面目で大人しい理髪師。吃音障害と赤面対人恐怖症の彼は幼い頃に韓国人の母を亡くし、日本人の父親と暮らしている。元自衛官の父は働きもせず、引っ込み思案の建二を暴力で支配している。

2人を結びつけるのは、ボクシングジムのトレーナー、堀口だ。新宿の街中にこの3人が居合わせ、やがて新次と建二は堀口のジム「海洋拳闘クラブ」でプロボクサーを目指し始める。

愛に恵まれず、自らの表現手段は暴力だけ。だが、兄のような存在に対しては無条件の愛着を見せる新次を菅田が演じる。少年入り送りになる前、一緒に悪事を働き、仲間の裏切りに遭って車椅子生活になった先輩・劉輝、そしてヤン・イクチュン扮する建二。喧嘩っ早い自分と違って心優しく大人しい建二が年上だと知るや、「兄貴だな」と笑顔で無邪気に懐いていく。荒ぶる者の中にある弱さを新次が、臆病者の無意識の勇気を建二が象徴し、孤独な2人が心を通わせる姿には不器用な優しさと愛情がある。主演2人の相性の良さは奇跡的なレベルで、それぞれの魂と身を削るような熱演が呼応し、すべての瞬間がエモーショナルだ。

2人に居場所を与え、見守りながら鍛え上げていく堀口(ユースケ・サンタマリア)、トレーナーの馬場(でんでん)、怪しげなジムのオーナー(高橋和也)と訳ありの秘書(木村多江)など、周囲のキャラクターの濃さも魅力的。新次の恋人になる芳子(木下あかり)も母と故郷を捨てた過去があり、ゆえに彼らは強く結びつく。

暴力と衝動、愛、裏切りが激しくぶつかり合う展開は原作が執筆された60年代の昭和そのものだが、アナクロニズムに陥ることはない。震災後の社会、人工高齢化、オレオレ詐欺、ドローン撮影、動画サイトなど、現代を表すキーワードが組み込まれ、21世紀の殺伐とした現実を生きる人々の姿が描かれている。原作の精神を保ちながら大胆に脚色(港岳彦と共同脚本)、演出したのは、昨年『二重生活』で長編映画監督デビューした岸善幸。いろいろな人物が偶然、同じ場所に集まりすぎる感はなきにしもあらずなのだが、ギリギリそれがあり得るかも、というのが新宿という場所だ。

新次と建二の物語と並行して、「自殺防止研究会」という学生団体の活動が描かれる。直接ではないが、主人公に関わるこの団体は、やがて「自殺防止フェスティバル」を開催する。そこで主催者が訴えかける言葉が興味深い。彼の言う「人間が一番最後にかかる、一番重い病気」。その名前は、この映画が作られた時にはなかった色を持ち始めている。描かれた4年後の未来より先に進んでしまったかのような今、それでも生きている人々に見てもらいたい作品だ。そして、この2時間半強で募る期待に応えてあまりある後篇も見逃せない。(文:冨永由紀/映画ライター)

『あゝ、荒野』前篇は10月7日より、後篇は10月21日より全国順次公開される。

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。