【週末シネマ】『ノクターナル・アニマルズ』
劇場で、深い闇の美しさを味わいたい
ファッション・デザイナーであり、監督デビュー作『シングルマン』(09年)がオスカー候補にもなったトム・フォードの7年ぶりの第2作『ノクターナル・アニマルズ』。エイミー・アダムスとジェイク・ギレンホールを主演に迎え、現実と虚構、記憶を並列させながら、愛と復讐、自ら下す人生の選択、そこから導き出される結果を美しくも残酷に描く。
ロサンゼルスでアート・ギャラリーを経営するスーザンは華やかな日々を送っているが、夫のハットンとの関係は冷えきっている。そんなある日、彼女の元に小包が届く。それは20年前に別れた元夫、エドワードが執筆した小説の原稿だった。そこには彼がちょうど市内に滞在中で、再会を願う一筆が添えられていた。旅先から戻ったばかりのハットンは、再びニューヨークへ出張する。スーザンはたった1人で過ごす週末に、作家を目指していた元夫が書き上げ、「スーザンに」と献辞をつけた原稿を読み始めた。
アダムスが演じるスーザンが現実世界で原稿に目を落とすと同時に、画面は彼女の読む物語の世界に変わる。すなわち、スーザンの脳内に描かれる風景だ。ギレンホールが演じるトニーと旅する妻の風貌はスーザンそっくりだ。演じるアイラ・フィッシャーは、以前からアダムスと瓜二つと言われている。娘役のエリー・バンバーも白い肌と赤毛のロングヘアで、アダムスとフィッシャーによく似ている。
トニーたちがハイウェイ上で出会う粗暴な若者たちを率いるレイ(アーロン・テイラー=ジョンソン)は身なりこそ薄汚れているが、顔立ちは美しく威圧的で、獲物=トニーと妻子を蛇のように執拗に追い詰める。スーザンが思い描く登場人物たちはなぜこの姿なのか、そこにも意味がある。小説のプロットの奥には、彼女だけにわかる物語が潜んでいるのだ。
読み進めるうち、スーザンの脳裏には20年前に別れた夫、エドワードとの記憶が蘇る。エドワードを演じているのは、二役を任されたギレンホール。ここで3つ目のタイムラインが登場する。現実とフィクション、記憶が呼応し合い、暗転によって継ぎ目なく1つの流れになる。トニーとエドワードの弱さ、レイとハットン(アーミー・ハマー)の美貌と冷酷さ、不用意な言葉の暴力が招く決定的な悲劇。その対称が見事だ。打ちひしがれるトニーを先導するようなアンディーズ警部補役のマイケル・シャノンが放つ存在感も印象的。
スーザンがエドワードの原稿を読む現実を除いて、小説の内容も過去の記憶も、すべてスーザンの頭の中で起きていることであり、それは映像の色調の差(現実は青みがかった冷たい色、フィクションと記憶は生気や温かみを感じさせる色)ではっきりと描き分けてある。時折差し込まれる鮮やかな赤や緑にも異なる世界で共通する意味を持つ。画面の暗転が3つの世界の橋渡し役だが、その深い闇の美しさを味わうためにも劇場での鑑賞を勧めたい。
かつて見限った元夫の才能開花を目の当たりにしたスーザンは、彼を捨てて選んだ生活に虚しさを覚えている。エドワードとの再会、和解はあるのか。捨てた愛は取り戻せるのか。残酷な過去を甘やかな記憶で上書きするスーザンが、小説を読みながら自己投影をしたのはどの人物だろうか。それが誰なのかにより、スーザンの物語は何通りにも読み解ける。原作はオースティン・ライトが1993年に発表した「ミステリ原稿」。その原題は「Tony and Susan(トニーとスーザン)」だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ノクターナル・アニマルズ』は公開中。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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