着せ替え人形「バービー」が男性優位の現実世界に来てみたら…。ポップな描写に込めたメッセージ
マーゴット・ロビーとグレタ・ガーウィグ監督がタッグ
【週末シネマ】19世紀の小説「若草物語」を『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2019年)として21世紀の感覚にアップデートさせたグレタ・ガーウィグ監督は、60年以上も親しまれてきた着せ替え人形の物語をどう描くのか。『バービー』という映画が作られると聞いて、最初に思ったことだ。
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小さな子どもから大人まで幅広いファンを持つバービーのイメージを存分に活かし、ファンタジーのタッチを守りながら、ガーウィグ監督と本作プロデューサーで主演も務めるマーゴット・ロビーは、現代の女性として思うことを観客に伝えるのに成功している。日本公開を前に、本作の全世界興行収入は早くも10億ドルを突破し、単独の女性監督作として初の快挙となった。
ピンク色のハッピーな世界から人間の世界へ
ロビーが演じる容姿端麗で快活なステレオタイプのバービーが、ピンク色に囲まれて友達のバービーたちやケンたちと暮らすバービーランドの日常から物語は始まる。青い空もピンクの街並みも書割で作り物っぽさが強調され、バービーが不意にふわりと宙に浮いたり、非現実の極みの空間では誰もがひたすらハッピーだ。
完ぺきな毎日が続いていたが、皆で盛り上がるダンスパーティの最中にステレオタイプのバービーの頭の中に突然、それまで考えたこともなかった“死”が浮かぶ。さらにハイヒール仕様の踵(靴を脱いでも爪先立ちのままが常態)がフラットに地に着くなど、異変が続く原因を探るためにバービーは人間の住むリアルワールドへと向かう。
ボーイフレンドのケンは何人もいて全員無職!?
そこについていくのが、ライアン・ゴズリングが演じるケンだ。1959年にバービーが発売されて数年後に発売されたケンは、バービーの友達の男の子という以外のディテールは無い。バービーランドでは、バービーたちが大統領や宇宙飛行士、アスリート、学者、経営者から芸術家まであらゆる職業に就いているが、同じ数ほどいるケンたちは全員無職で、ビーチでバービーと目が合うのを心待ちにしているだけ。そんな受け身だったケンはリアルワールドで男性優位社会を経験し、家父長制に目覚めてしまう。
一方バービーは、愛されているものとばかり思い込んでいた少女たちから、現実離れした美の基準を作ったとして痛烈な批判を浴びせられ、女性ではなく男性が主導権を握っている現実社会の様子に大いに戸惑う。
ロビーとゴズリングが名演、自分探しを始めた人形たちはどこへ行くのか?
子どものように純粋無垢なバービーとケンのリアルワールドでのカルチャーショック描写が面白い。ロビー、そして盛大に勘違いして暴走するケンを演じるゴズリングの名演は必見だ。バービーとケンはそれぞれ人間との交流で見知ったものを咀嚼し、元いた場所に戻るが、そこからバービーランドは大きく変わっていく。
人間社会の影響を受けて、ジェンダーやルッキズム、男女の格差を意識した着せ替え人形たちの自分探しの物語を、カラフルでポップに描いたガーウィグの手腕は見事だ。名作『2001年宇宙の旅』(1968年)を真正面からパロディ化したり、ミュージカル映画の名作の数々へのオマージュなど、遊び心あふれる描写で楽しませながら、メッセージをしっかりと伝えている。
ふと思ったのは、バービーとケンは意気込んで“リアルワールド”にやって来るが、それはあくまでカリフォルニア州ロサンゼルスということだ。ワールドと呼ぶには狭い世界にも思える。これからバービーは広い世界を知っていくのだろうか。それとも、やはりバービーにとっての現実世界=アメリカ合衆国なのか。そんな些末な疑問も含めて、考えたくなる欲も刺激するエンターテインメントだ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『バービー』は、2023年8月11日より全国公開中。
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