(…前編「『鼻が大きいから』とくすぶるヒロイン〜」より続く)
【映画を聴く】『アリー/スター誕生』後編
クーパーの情熱とガガの魂が共鳴した名作
『アリー/スター誕生』で見る者を驚かせるに違いないもうひとつの要素が、歌って演じて監督もできるブラッドリー・クーパーの多才ぶりだ。本作の企画は、もともとクリント・イーストウッドがビヨンセをヒロインに迎えて監督する予定だったそうだが、紆余曲折を経てクーパーに出演の話が来た時に、彼は監督と脚本を兼任すること、レディー・ガガをヒロインにすることをプロデューサーに持ちかけたという。そしてガガと対等に渡り合うため、数年に渡って歌とギターを猛練習。映画の冒頭、彼の演じるジャクソンが大観衆の前で演奏する「ブラック・アイズ」には、少し前まで歌もギターもまったくの未経験だったとは思えない貫禄が備わっている。
レディー・ガガが本作に提供した楽曲の多くを従来のコラボレーターであるマーク・ロンソンやヒラリー・リンジーといったポップ畑の人選で制作しているのに対して、クーパーはアルコール依存症でダミ声のロッカーという自身の役どころをブラッシュアップするため、ウィリー・ネルソンの実息であるルーカス・ネルソンやジェイソン・イズベルといったカントリー系のミュージシャンに協力を要請。いかにもアメリカ南部のカウボーイが好みそうな、無骨なアメリカーナを堂々たるパフォーマンスで聴かせる。
人気の絶頂にありながら、どこか満たされずにいる男と、大きな才能を持ちながら、世に出られずくすぶっている女。男が手を差し伸べることで女は大きく飛躍するが、それと反比例するように男の勢いは失墜していく。『スタア誕生』が何度も繰り返しリメイクされてきたのは、そこに時代とは関係のない普遍的なテーマが込められているからだ。つまり、パートナーの成功を妬み、自暴自棄になるのは決まって男だということ。本作でアリーはオーソドックスなシンガー・ソングライターとしてデビューしたのち、慣れないダンスを交えたエレクトロニックなダンス音楽へとスタイルを変えていくが、それに対して“時代遅れ”のジャクソンは彼女を手厳しく批判する。
どんなに“平等”を謳っても、それ以前に変わらなければ/変えなければいけないことがある。久々にリメイクされた『スタア誕生』が現代に突きつけるメッセージは、その音楽と同じように強く、揺るぎない。ブラッドリー・クーパーの情熱と、彼のためにその才能を惜しみなく提供したレディー・ガガの魂が共鳴した名作の誕生を、ぜひ劇場で目撃してほしい。(文:伊藤隆剛/音楽&映画ライター)
『アリー/スター誕生』は公開中。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
出版社、広告制作会社を経て、2013年に独立。音楽、映画、オーディオ、デジタルガジェットの話題を中心に、専門誌やオンラインメディアに多数寄稿。取材と構成を担当した澤野由明『澤野工房物語〜下駄屋が始めたジャズ・レーベル、大阪・新世界から世界へ』(DU BOOKS刊)が刊行されたばかり。
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