【週末シネマ】『真実』
樹木希林とドヌーヴ、是枝監督が愛す女優の相似性とは?
昨年『万引き家族』でカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した是枝裕和監督が、カトリーヌ・ドヌーヴとジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホークらをキャストに迎えてパリで撮った『真実』。クスリと笑えるコメディの軽やかさと是枝作品らしいリアルな人物描写が、ちょっと面白いハーモニーを奏でている。
日本以外の撮影地、外国語に翻訳された脚本、キャストも撮影スタッフも大半はフランス人という条件で作られた本作は、国民的大女優のファビエンヌが自宅でインタビューを受けているところから始まる。彼女は「真実」と題した自伝の発売を控えている。冴えない質問で彼女を退屈させる記者の姿は自分を見ているようでいたたまれない、などと思いながら見ていると、タイミングよく闖入者が訪れる。ファビエンヌの娘リュミールが、夫で俳優のハンクと7歳の娘シャルロットを連れてアメリカから里帰りしてきたのだ。
脚本家のリュミールは、事前に原稿を見せる約束を反故にした母親に抗議するが、ファビエンヌは意に介さない。そして刷り上がったばかりの「真実」を一晩で読んだリュミールは「どこに真実が書いてあるの?!」と母が都合よく脚色した本の内容に怒りを爆発させる。
誰に何を言われても馬耳東風のファビエンヌだが、大御所女優であっても今やオファーされるのは脇役ばかりという現実に直面している。撮影が始まった新作も主役ではない。主演女優は、かつてファビエンヌのライバルで親友でもあった女優、サラの再来と言われている。自伝では一言も触れていないサラの存在、新進女優と演じる劇中劇の母娘関係、そしてリュミールやシャルロットとの関係。仕事でもプライベートでも、ファビエンヌは常に女優でい続ける。母への不満を正面からぶつけてくる娘に対してさえ、そう簡単に真意は見せない。
若くして亡くなったサラはドヌーヴの姉、フランソワーズ・ドルレアックを思わせ、ファビエンヌの思い出のドレス、姓名の頭文字が同じ女優の名前を列挙していく時に彼女が絶対口にせず、他者がその名を出した時の反応などはファビエンヌ/ドヌーヴが回転扉のように現れては消える、ドキュメンタリーに近い味わいもある。
ドヌーヴとビノシュの相性の良さも嬉しいサプライズだ。丁々発止の応酬はやり過ぎスレスレのところで踏みとどまるバランスが心地いい。なめられっぱなしでマスオさん状態のハンクを演じるイーサン・ホークも絶妙だ。一歩引いた位置から、それでも愛情をもって家族を見守る様子はどこか是枝が投影されているようにも思える。
母娘の複雑な関係を丁寧すぎるくらい言葉で説明していくのは、ここがフランスで、彼らがフランス人だから。日本での作品に比べると輪郭線がくっきり見える印象だが、それだけではない。しっかりと言語化して思いを伝え、そこにはなおも仕掛けが潜ませてある。是枝と仏米の俳優たち。異なる文化を生きてきた彼らがそれぞれ、今まで培ってきたものを出し合い、新しい世界が1つ生まれた。(文:冨永由紀/映画ライター)
『真実』は10月11日より公開。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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