『蛇の道』では柴咲コウの夫役
【この俳優に注目】『スパイの妻』でヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞を受賞するなど、海外での評価も高い黒沢清監督が日仏合作で1998年の同名作をセルフリメイクした『蛇の道』。愛娘を殺された父親と復讐に手を貸す人物というあらすじは同じだが、舞台は東京からフランス・パリに、男性2人だった主人公の1人は現地在住の日本人の心療内科医の女性となっている。
・『蛇の道』完成披露試写会、柴咲コウ、西島秀俊、青木崇高、黒沢監督が登壇。オールフランス&フランス語での撮影秘話を披露
柴咲コウが演じるヒロイン、新島小夜子は心の内を見せないミステリアスな存在だ。自宅に戻ると、離れて暮らす夫とテレビ電話を繋ぐが、その会話もすれ違うばかり。コンピュータの画面越しに、魂を別の場所に置いてきたかのような妻に働きかける夫・宗一郎を演じるのは青木崇高だ。
万能プレイヤーとして20代から活躍
昨年から今年にかけてのその活躍は目覚ましい。第96回アカデミー賞視覚効果賞を受賞した『ゴジラ-1.0』(2023年)で主人公をサポートする重要な役を演じ、マ・ドンソク主演の韓国映画『犯罪都市 NO WAY OUT』(2023年)にも出演、日本では5月に石原さとみと愛娘が失踪した夫婦を演じる『ミッシング』が公開されたばかりだ。
大柄で強面だが、笑顔が人懐こい。カラッとしていて裏表がなさそう。その基本イメージに忠実な“いいやつ”を演じる時は誰からも愛され、それを逆手に取って裏切る役の時は大きなショックを与える。だらしない格好のお気楽な男も、スーツ姿のエリートも、時代劇のお殿様も違和感なしの万能プレイヤーとして、20代から活躍してきた青木は、40代を迎えて最高潮へと向かっているが、有名になることを最優先にしていたなら、彼はもっと早くスターになっていたはずだ。
黒沢監督作に出演中の加瀬亮に会いに異国の地へ
黒沢監督の新作に青木が出演すると知った時、「ついに」と思った。まさに5年前の6月、黒沢監督の『旅のおわり、世界のはじまり』の劇場公開時のトークショーを思い出したのだ。同作に出演した加瀬亮と並んで登壇したのが青木だった。キャストでもない彼がなぜ登場したかといえば、ウズベキスタンで長期撮影中だった友人の陣中見舞いの旅を自ら記録した映像「あおきむねたかのウズベキスタンまでちょっと会いに。」を本編と合わせて上映したからだ。たった1人の弾丸旅行記で映画のメイキングではない。だが、本編とはまた違うウズベキスタンの様子や、青木の来訪を喜ぶ加瀬たちの姿、さらに青木が道中で知り合った現地の人々との交流が収められていた。他人の親切に最初は警戒するも、相手の真心にふれて感激する心の動きが正直に記録してある。
その行動力に驚かされたが、青木にとってこれは初めての行動ではなかった。彼の存在が広く知られるようになった2007年のNHK朝の連続テレビ小説『ちりとてちん』で落語家の徒然亭草々を演じた後、南米に暮らす友人との縁で翌2008年が移民100周年にあたるブラジルをはじめ南米を約1ヵ月かけて回り、各地の日系人コミュニティで落語を披露した。
その旅行記を彼はブログで綴っているが、文末には「お世話になった方々へ」と実に多くの人々や団体の名前を丁寧に挙げている。その手記で彼は「ぼくの地球はずっと平らだ。」と記していて、その言葉通りに人として俳優として、彼の世界を広げていった。2018年、多忙なスケジュールの合間を縫って『旅のおわり~』撮影中のウズベキスタンにやって来た青木の素直さ、自由さは黒沢監督の心もとらえたはずだ。
脇役が主人公に変わる瞬間の表現が絶妙
だが、それだけではいい俳優になれない。青木は主演も助演もこなすが、常に画面上で強烈な存在感を放っている。例えばマーティン・スコセッシ監督の『沈黙 -サイレンス-』(2016年)で演じたのは出番もわずかな牢番だが、スコセッシがほんの小さな役にまで際立つ個性を求めているのがわかる配役だ。
物語や社会において、人には主役と脇役という役目が割り振られる。一方、自分という物語では主人公にならざるを得ない。青木は映画やドラマで主役の脇にいる人物がふと我に返る=主人公に変わる瞬間をいつも絶妙に表現する。『蛇の道』にもその一瞬があり、この役を演じるのが彼で良かったと痛感した。
パリで行われた撮影への参加はわずか1日だったという。黒沢監督は当初から宗一郎役には青木を考えていたが、スケジュールが合わずに断念、だが撮影直前に幾つかの偶然が重なって青木がパリ行きを快諾して実現したという。
光る個性と演技力でますます注目が高まる
『ミッシング』では幼い愛娘が失踪し、世間の気まぐれと無関心に翻弄されながら懸命に捜索する父親、夫である一男性を誠実に演じている。『ミッシング』も、奇しくも設定が似ている『蛇の道』も、彼が演じるのは何かに取り憑かれたような妻を見ている夫というスタンスで、比較してみるのも興味深い。
国外の監督を惹きつける個性、主役の脇という立場とそれだけではないキャラクターの多面性を見せる演技力を持つ青木は、海外の映画人も含めてさらなる注目を集めていくに違いない。(文:冨永由紀/映画ライター)
『蛇の道』は、2024年6月14日より全国公開中。
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