『愛に乱暴』江口のりこ&小泉孝太郎インタビュー

面白すぎる原作を自分の芝居で表現できるのか心配だった

#小泉孝太郎#愛に乱暴#江口のりこ

江口のりこ小泉孝太郎

江口さんにオススメの趣味は“たき火”/小泉

世界12大国際映画祭の一つであるカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭のコンペティション部門に選出され、注目を集めている『愛に乱暴』。原作は、数多のベストセラー作品を生み出してきた吉田修一の同名小説。『おじいちゃん、死んじゃったって。』や『さんかく窓の外側は夜』などで評価されている森ガキ侑大監督が映画化を熱望し、メガホンを取った。

愛に乱暴

『愛に乱暴』
2024年8月30日より全国公開
(C)2024 「愛に乱暴」製作委員会

主演を務めたのは、唯一無二の存在感と高い演技力で引っ張りだこの江口のりこ。本作では徐々に平穏を失い、追い詰められていく主人公の桃子を怪演している。そして、その夫である真守を小泉孝太郎が演じ、これまでのイメージを覆すような陰のある役どころに挑んだ。今回は、10年振りの共演となった現場での様子や日常生活で意識していることなどについて、語ってもらった。

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──江口さんは「原作が面白すぎて、映画化するハードルの高さにモヤモヤしていた」とコメントされていますが、どんなプレッシャーがありましたか?

江口:原作にはいろんな登場人物が出ていて、とても豊かな内容になっていますが、映画の脚本にするにあたって随分そぎ落とされていました。それくらいシンプルになっているなかで、「原作の持つ面白さを自分の芝居で表現できるのだろうか」というのが気になっていた部分です。

──そんななか、桃子というキャラクターをどのように演じようと思われたのでしょうか。

江口:その場その場で一生懸命やろうというだけで、意識していたことは特にありません。現場で小泉さんや義母役の風吹(ジュン)さんと一緒にお芝居をしていくなかで見つけていった感じです。

──小泉さんは、江口さんと久しぶりにご一緒されてみて、いかがでしたか?
江口のりこ小泉孝太郎

小泉:僕が演じる真守は、江口さんのお芝居をしっかりと受け止めて返すことがまったくない役どころ。どちらかというと、全部かわしていく感覚だったので、心のどこかで申し訳ない気持ちがありました。それくらいこの夫婦は独特な世界観のなかで存在していたと思っています。

──そういう演じ方は、これまであまり経験がなかったことですか?

小泉:そうですね。いままではどちらかというと方程式のように一つの答えが出るようなものが多かったですが、今回は作品自体も数学的な答えが出ないタイプですから。夫婦として建設的な話し合いがまったくできないので、演じていても息苦しさがありました。

──現場では、風吹さんが小泉さんだと気が付かなかったこともあるくらい役に入られていたとか。どのように役作りをされましたか?

小泉:まず、撮影に入る前に、森ガキ監督としっかり話せる時間を取っていただきました。明確な真守像を持っていらっしゃったので、それに助けられたと思います。監督は真守の前髪の長さに関してもミリ単位でこだわっていましたが、完成した作品を観たときに監督の狙いがはっきりとわかりました。

──夫婦役を演じられるうえで、おふたりが意識されたこともあったのでしょうか。
愛に乱暴

『愛に乱暴』

江口:夫婦役だからこういうコミュニケーションを取ろうとか、そういうのはなかったですね。控室にいるときは、小泉さんと普通にお話をしながら過ごしていました。

小泉:確かに、夫婦像とかに関して話すことはまったくなかったですよね。繰り返しになりますけど、僕はこの役を演じるうえでの苦しさがあったので、江口さんとの雑談が本当に楽しかったです。

──ちなみに、どんなお話で盛り上がっていましたか?

江口:ゴルフですね(笑)。小泉さんがすごくお好きなので。

小泉:そうそう。「ゴルフが人生になっています!」みたいな感じで、僕のゴルフ愛を聞いてもらっていました。

──江口さんもゴルフをされるのですか?
江口のりこ小泉孝太郎

江口:いや、したことはありません。でも、人生をかけるくらい好きなものがあるのはすごいなと思って、そういう意味で興味がありました。だって、昼から撮影があるのに、朝ゴルフしてから来るなんて考えられます? すごいですよね。

小泉:そのために早起きするのが信じられなかったみたいですね(笑)。

──江口さんにも同じくらい好きなものはありますか?

江口:私にはそれがないんですよね。だから、ちょっとうらやましい気持ちはあったと思います。ただ、それを聞いて「ゴルフをやってみよう!」とはならないですけど。

小泉:確かに、江口さんはゴルフじゃないような気がします(笑)。

──では、江口さんを知る小泉さんがオススメするとしたら何でしょうか。
江口のりこ小泉孝太郎

小泉:たき火とか? 薪をくべながらずっと炎を見つめる感じで。

江口:確かに、たき火かゴルフだったら、たき火がしたいです。よさそうですね。

小泉:ドンピシャで合うと思いますよ。で、僕はたき火をする江口さんを見ていたいです(笑)。すごく素敵でしょうね。

江口:ありがとうございます。じゃあ、たき火を趣味にしようかな(笑)。

──現場でも、こういう感じで雑談されていたんですね。

小泉:あとは、僕がバラエティ番組で話した人生観や恋愛観についても聞かれました。「映画館に女性と行ったときに、どうして女性を置いていくんですか?」とか…。

江口:みんなが興味津々なお話だったので、女性スタッフたちと「うゎ〜!」とか言いながら聞いていました(笑)。

小泉:あははは! でも、そういうことを素直に話してしまうと、多くの女性を敵に回してしまうのではないかと心配しています。この作品の真守と同じですね。

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チェンソーの操作は意外と簡単。楽しかった/江口

──今回のようなダークな役どころはこれまであまり演じられていませんが、実はご自身と重なる部分もあったりするのでしょうか。

小泉:さすがにここまでではないですよ。というのも、もし僕だったらこんなにも自分を偽って、いろんなものを抱えたまま夫婦として長年一緒に過ごすことはできないですから。ある意味、真守は忍耐強いと言えるかもしれませんが、僕にはそれがないような気がします。

──江口さんも「もし自分だったら…」と想像したことは?

江口:自分とはまったく別の人間なので、そういうことは考えないですね。ただ、いろいろと思うことはありながらも夫婦として同じ家に住み、お互いに我慢していることがわかっているなかで毎日が続いていく日常というのは怖いなと思いました。

──そんななか、劇中で江口さんがチェンソーを振り回すシーンで見せる表情にはゾクッとしました。ご自身で計算されていたのか、それとも役として自然に出たものだったのでしょうか。
江口のりこ

江口:笑い方とかは、すべて監督の演出です。

小泉:近くで見ていた僕からすると、怖かったです。だって、江口さんとチェンソーですよ(笑)。破壊力ありますよね。

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──床や柱をカットするシーンは、実際にご自身でされているのだとか。指導した方からは「センスがある」と絶賛されたそうですが、すべて一発OKでしたか?

江口:そうですね。でも、周りの人たちが「危ない」とか「怖い」と言っているだけで、実はそんなに難しくないんですよ。チェンソー自体に威力があるので、自分で動かさなくても勝手にまっすぐ切れますし、実際の操作は意外と簡単でした。本当に楽しかったです。

小泉:僕としては、自分に向かってくる怖さだけでなく、桃子が壊れてしまったのではないかという怖さもありました。そんなふうに一つだけではない怖さを感じて、すごく印象に残っています。

──小泉さんは、観客がこのタイトルの意味をどうとらえるのかに興味があるそうですが、おふたりは『愛に乱暴』という言葉からどんなことを考えましたか?
小泉孝太郎

小泉:僕は正直言って、まだわかりません。

江口:私も同じですね。というか、あくまでもタイトルはタイトルなので、そんなことは考えないです。それは私の仕事ではないので。

小泉:江口さんは、はっきりしているよね(笑)。僕はもっといろんな経験をしていたら、答えが出るのかなと思うこともありました。というのも、僕は独身で夫でも父親でもないので、1人の男として“肩書き”が少ないわけですよ。なので、まだそれがわかるところまで行けていないのかなと。見る方も意見が分かれそうですよね。

江口:このタイトルは、本当に難しいと思います。

──監督はこの作品をいま映画化することに意味があると強く感じたそうですが、現代は暴力と紙一重の社会で生きているところがあると本作で改めて痛感しました。そういうなかでおふたりが日常で意識されていることなどがあれば、お聞かせください。

小泉:たとえば、SNSはいまの世の中で大事だと思いますし、必要不可欠になっているのは理解しています。でも、それによって過去も現在も、そして未来までもわかるような感覚になってしまうところもあるのかなと。そうなると僕は自分の人生がわからなくなってしまいそうなので、SNSは一切しないことにしています。
自分のバランスを保つためにも、僕は自分の目の前にある日々だけでいいという考え。今日、江口さんとお話をして過ごしたのであれば、それがすべてであって、その先にいる何百人、何千人の人たちは関係ありません。あくまでも、自分の前に見えている人生だけを意識しています。

江口:私もまったく一緒の考え方です。実際、私もSNSはしていませんし、自分が見たものがすべてでいいじゃないかと思っているので。もちろんSNSは便利なものではありますが、自分が見てもいないことを見ることもないし、知りたいことを必要以上に覗いてしまうこともないかなと。それよりも「SNSは怖い」という感情のほうが大きい気がしています。

小泉:そのあたりの自己防衛本能は、お互いに似ているのかもしれませんね。もし江口さんと一緒においしいものを食べたとしても、写真を撮ってネットにアップするというのは、どちらもやらないタイプですよね?

江口:やらないですね。

小泉:僕と江口さんがおいしいと思えば、それでいいですもんね。

江口:はい、その通りです。

小泉:人生はそこで感じたことがすべてですし、それってすごく大事なことじゃないかなと思っています。

(text:志村昌美/photo:泉山美代子)

小泉孝太郎
小泉孝太郎
こいずみ・こうたろう

1978年7月10日生まれ、神奈川県出身。2002年にドラマ「初体験」(フジテレビ)でデビュー後、『踊る大捜査線 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(03)で映画初出演。主な映画出演作には、『七つの会議』(19)や『バスカヴィル家の犬 シャーロック劇場版』(22)などがある。また、連続テレビ小説『カーネーション』(11)や大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(22)をはじめ、多数のテレビドラマに出演。ほかにもバラエティ『ニンゲン観察モニタリング』(TBS)のMCや『デジタル一番星+』(TBS)のナレーターを務めるなど、幅広く活躍している。

江口のりこ
江口のりこ
えぐち・のりこ

1980年4月28日生まれ、兵庫県出身。2000年に劇団「東京乾電池」に入団したのち、三池崇史監督『金融破滅ニッポン 桃源郷の人々』(02)で映画デビュー。2004年には『月とチェリー』で映画初主演を果たす。そのほかの出演作は、日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞した『事故物件 恐い間取り』(20)や『川っぺりムコリッタ』(22)、『お母さんが一緒』(24)など。テレビドラマでも個性を発揮しており、『時効警察』シリーズ(06・07・19)や『半沢直樹』(20)、『ソロ活女子のススメ』シリーズ(21~24)などで人気を博している。