【週末シネマ】『タイガー・キング:ブリーダーは虎より強者?!』
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、外出せずに自宅で過ごすことになった世界で人々がはまったのが、Netflixのドキュメンタリー・シリーズ『タイガー・キング:ブリーダーは虎より強者?!』だ。3月20日の配信開始からまもなく口コミで人気に火がつき、1ヵ月で6400万世帯が視聴したという。
・人気ハリウッド女優主演の感動作! 第二次世界大戦中に300人もの命を救った動物園の園長夫妻の実話
アメリカ南部オクラホマ州にある私設動物園の園長、ジョー・エキゾチックと天敵である動物愛護運動家のキャロル・バスキンの争いを中心に、トラなどの猛獣をめぐるビジネスの知られざる側面や、異様な人間関係に迫る全7エピソード+配信後に関係者へインタビューした事後エピソード1話から構成されている。
オクラホマ州で、トラと触れ合ったり記念写真撮影ができる動物園「G.W. Zoo」を経営していたジョー・エキゾチックはブリーチしたマレットヘア(襟足の長い髪型)がトレードマーク。200頭ものトラやライオンなどを繁殖、飼育し、全米の猛獣愛好家を相手に子トラを販売。政治にも意欲を見せて2016年にはなんと、アメリカ大統領選に出馬もしている。
現在は先述のバスキンに対する委託殺人の罪で服役中だが、数年前から行われた密着取材からうかがえるその人柄はとにかく強烈だ。1963年生まれのジョーは動物園経営の傍ら、カントリー歌手としてCDを出し、ナルシスト然としたミュージックビデオを制作。銃で武装し、カウボーイ・ルックでポーズする彼には同性婚の夫が2人いる。動物愛に目覚めたのは、十代から同性愛者だった自分を差別しないのは動物だけだったからという。
動物園の従業員たちもはみ出し者ばかりだ。若い頃の事故で両足が義足のマネージャー、飼育中にライオンに襲われて左手首から下を食いちぎられたトランスジェンダーの飼育係をはじめ、不良少年やどこにも居場所のない人々が集まり、ジョーが率いる小さなコミュニティが形成されている。ジョーの夫で、入れ墨だらけの上半身を常にむき出しでインタビューに応じるジョンは30代と思しき風体だが、歯がほとんどない。もう1人、19歳の時に動物園に雇われたのがきっかけで結婚したトラヴィスはマリファナ漬け。彼らは、気分屋で経営者としても三流のジョーのことをどこかで馬鹿にしつつ、慕ってもいる。
動物を金儲けの道具にするジョーは動物愛護団体「ビッグキャット・レスキュー」から糾弾されていた。同団体の主宰者がキャロル・バスキンだ。虐待された猛獣たちの保護施設の運営者だが、実質ジョーの動物園と同じ形態でビジネスをしている現実、大富豪だった元夫が謎の失踪をしたまま死亡宣告された事実など、彼女自身も矛盾をはらんだ存在だ。ジョーと同年輩の彼女が頭に花冠を載せて満面の笑みを浮かべた姿には、2月に公開された異色ホラー『ミッドサマー』にうっすら重なる、得体の知れない明るい恐怖感が漂う。
動物園に押しかけて抗議活動をするキャロルに対し、ジョーはポッドキャストで個人攻撃を繰り返し、対決が苛烈になる中で、ジョーの思惑は彼女の殺害を企てるまでエスカレートする。フィクションなら「話を作りすぎ」と失笑されるレベルで、驚愕の出来事がこれでもかというほど積み重ねられる。
ドキュメンタリーはこの他に、ジョーが憧れていたブリーダーで、アニマル・トレイナーとして『ジム・キャリーのエースにおまかせ!』(95)などハリウッド映画にも関わったバガヴァン・アントル、ジョーが主役のリアリティ番組を作ろうとしたTVプロデューサー、顧客である麻薬王、ジョーから動物園を乗っ取ろうとする詐欺師など、クレイジーで濃いキャラクターが次々登場する。誰の話も見栄とその場しのぎの嘘だらけで自分可愛さが先に立ち、その度に真実が歪められる。愛護と搾取が混同される世界にいる彼らがなぜ、動物にこれほど入れ込むのかと言えば、それは人間の恐ろしさを本能として感じているからに他ならないのではないだろうか。
4月29日、成人した主人公パイを演じたイルファン・カーンが53歳で亡くなった。2018年に神経内分泌腫瘍と診断され、闘病生活を送りながら母国インドで映画出演もしていたが、結腸感染症でムンバイ市内の病院に入院した翌日、還らぬ人となった。謎めいた過去を持つ男を静かに体現した名演は魅力的だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
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