『侍タイムスリッパー』安田淳一監督インタビュー

農家と映画監督の二足のわらじで大ヒット

#侍タイムスリッパー#安田淳一

『侍タイムスリッパー』安田淳一監督

製作費の不足はクレジットカードのキャッシングで

幕末の武士がひょんなことから現代にタイムスリップ! 時代劇の斬られ役俳優として、第二の人生を切り拓いていく様子を描いた『侍タイムスリッパー』が人気を拡大し続けている。監督したのは、映画作りと米農家の二足のわらじを履く安田淳一。

『侍タイムスリッパー』

『侍タイムスリッパー』2024年8月17日より全国公開中
(C)2024 未来映画社

時代劇は現代が舞台の作品に比べ格段に予算がかかるのが常だが、自主制作で時代劇を作るという無謀とも思える挑戦に挑み、一時期はほぼ一文無しになりながらも大ヒットへと繋げた安田監督に話を聞いた。

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[動画]貯金をはたき車も売って…安田淳一監督インタビュー/前編

──大ヒットおめでとうございます。制作時に、今ほどのヒットを期待していましたか?

監督:ヒットしたらいいなとは思ったし、使った予算分くらいは取り戻したいと思っていました。

──前々作『拳銃と目玉焼』(14年)の製作費が750万円、前作『ごはん』(17年)が400万円で、本作は2600万円。本作はインディーズ映画にしては勇気の要る金額ですね。

監督:『カメラを止めるな!』のようなヒットを目指すのならものすごく面白い原作、脚本がないとあかんと思っていました。
本作の脚本を書いたとき、自分としては「面白いものができた」と思ったんです。そこで様々な人に読んでもらったら「このまま撮れれば面白くなるんじゃないか」と。今、僕が持っている力で面白くできるとしたらコレだろうと思ったので、貯金もはたき、車も売って、ある程度のお金はつぎ込んででも作るべきだと思ったんです。

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──完成時、手元にはほとんどお金が残っていなかったそうですね。

監督:はい。一時的に7000円を切るところまで行きました。その上、実はまだ支払いも少し残っていて、足りない部分はクレジットカードのキャッシングでまかなったので、実際にはマイナスだったんです。

──怖くはありませんでしたか?

監督:怖いですよね。
でも、そもそも撮影中は毎日のように30万、40万とお金が出ていっていましたから。
おまけに、クランクアップの1ヵ月ほど前に父親が倒れ、(家業の)米作りを僕がしないといけないという事態で、精神的に追い詰められていました。

『侍タイムスリッパー』

主演の山口馬木也(左)

──主演の山口馬木也さんにインタビューしたとき、低予算映画だけれど現場の食事などもしっかりしていて役者のケアにとても気を遣ってくださったと感謝されていました。

監督:山口さんのほうが気を遣って言ってくれたんだと思います。
山口さんも「この作品を最後まで撮りきりたい。完成させてほしい」と仰ってくれて、予算切れでストップすることを心配されていました。当初は交通費も新幹線のグリーン車を用意するつもりでしたが、「もったいない」と言って、毎回、自分で車を運転して京都まで来てくれました。ホテルも高級とは言えない宿に泊まっていただいていました。
ただ撮影時はコロナ禍だったため、ホテル代が安くて助かった面もあります。

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今までの赤字をすべて黒字化できて達成感ある

──先ほど、撮影中にお父様が倒れたと仰っていましたが、精神的に大変だったのでは?

監督:クランクアップのしばらく後に父は亡くなったのですが、映画の編集とお米作りを並行していました。

──監督業と農業の二足のわらじは、さぞかし大変なのでは?

監督:映画よりも、農業の方が大変です。
父の死後、一所懸命に米作りを頑張っていますが、一般的な慣行稲作農家はほぼ赤字になんです。
農家の努力の範疇ではない、国政のあれこれが何十年も積み重なって、今、全国の米農家が苦しんでいるという状況なんです。国の方にちゃんと考えてもらわないとあかんことで、僕は声を大にして言っていきたいです。

──米作りについて、一番訴えたいことは何ですか?
『侍タイムスリッパー』安田淳一

農作業中の安田淳一監督

監督:前作の『ごはん』でも描きましたが、農家の現状は、日本人全員の問題やと思います。
僕が一番こわいのは、一般家庭から炊飯器がなくなる時が来ること。
日本社会が米文化をこのまま維持していくのか、大きく変えていくのかという境目に来ていると思います。

──映画の話題に戻りますが、前々作(『拳銃と目玉焼』)、前作(『ごはん』)の製作費の収支は赤字なのでしょうか? それとも黒字だったのでしょうか?

監督:『拳銃と目玉焼き』は450万円くらいのマイナス。『ごはん』はプラスマイナスゼロですね。

──そこにご自分の人件費を加えると?

監督:もう結構なマイナスです。いつも自分の人件費は一切入れていないので。
だけど、『拳銃と目玉焼』は何もわからへん中で作り、インディーズ映画ではなく商業映画を基準にしていたので、シネコンで上映することを目標にして、達成しました。『ごはん』はなんとかペイすることを目標にしました。
そして本作では『カメ止め』を目標にして、こうやって話題作として紹介してもらえるようになりました。

──ホップ、ステップ、ジャンプですね。

監督:そうですね。ホップ、ステップの次はジャンプどころじゃなかったですけど(笑)。今までの映画製作の赤字をすべて黒字化できたので、すごく達成感があります。

──今後も、映画作りと米作りを両方やっていくのですか?

監督:もちろんお米も作るし、映画もやっぱり作りたいですね。

──お母様はお元気だそうですが、映画のヒットを喜んでいるのではないですか?

監督:80代半ばですが、とても喜んでいます。新聞の切り抜きをしたりして(笑)。

『侍タイムスリッパー』山口馬木也、安田淳一

──当初から『カメラを止めるな!』を意識していたということですが、その上田慎一郎監督も本作を評価されていますね。

監督:上田監督は公開2日目に見に来てくれて、とても嬉しかったです。

──昨年暮れには第29回「新藤兼人賞」で銀賞を受賞されましたね。この賞は新人監督に贈られる賞で、受賞式では「57歳ですけど、嬉しい」とスピーチされていました。

監督:これまで自主映画のコンテストではほぼいつも落選だったのですが、今回、いきなりものすごい賞をいただいたので、僕で良いのかとびっくりしています。

(text&photo:編集部)

安田淳一
安田淳一
やすだ・じゅんいち

1967年、京都生まれ。映像制作の仕事を経て、映画監督に挑戦。これまで自主映画で『拳銃と目玉焼き』(14年)、『ごはん』(17年)を監督。『侍タイムスリッパー』(24年)は3本目の長編映画となる。2023年に父親の逝去により米農家を継ぎ、映画監督と農業を兼務することに。