『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』レイフ・ファインズ監督インタビュー

自由を切望した男の生き様に感動した

#レイフ・ファインズ

この映画は自己実現をするための旅、道のりの物語

パリ・オペラ座の芸術監督として活躍し、バレエの歴史を変えたとも言われる伝説的ダンサー、ルドルフ・ヌレエフ。東西冷戦下のソビエト社会主義共和国連邦に生まれ、自由に踊るために西側へと亡命した彼の姿を描いた『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』が先週末より公開中だ。

ダンスに情熱を捧げた天才である一方、傲慢・我儘・反逆的と評されたルドルフの物語を監督したのは、演技派俳優としても知られるレイフ・ファインズ。彼が本作に込めた思いについて語った。

──3本目となく監督作ですが、今回、ルフドルフ・ヌレエフを題材に選んだ理由を教えてください。

撮影中のレイフ・ファインズ監督(左から2人目)

監督:これは若きヌレエフの話です。有名なバレエ・ダンサーのヌレエフの伝記的な映画ということではなく、若いアーティストが若い時代に、自分がアーティストとして、また人間として自己実現したいというものすごく強い欲望を持っている、というストーリーです。
 私はヌレエフの非常にダイナミックでいきいきとしたスピリット、精神といったものに感動しました。彼の生き方は、とても勇気がいると思うんですね。ヌレエフはたくさんの人を怒らせてきたことで有名なんですが、時には人を怒らせてしまうリスクを冒しても、自分は自分自身になりたい、自分はダンサーとして完璧を目指していきたいという、強いアーティスティックな欲望が勝った人だったということです。また、背景として東西冷戦というものがあります。イデオロギーの対比があるわけですが、映画のなかにも「自分は自由になりたい」というセリフがあり、それは人間的な自由を獲得するということですので、あの時代の人間として自由を獲得するということは、本当に勇気ある行動だと私は思っています。

──この作品で特に力を入れた点はどこですか?

監督:最も強調したかったのはヌレエフという人物のキャラクターです。この若いアーティストの自己実現しようという意志、あるいは決意、あるいはそのスピリットといったものに非常に感動したことが映画化の理由ですし、映画では3つの時代が組み合わせることでこの若いアーティストのポートレートが描かれていき、最終的にブルジェ空港の場面に導かれていきます。彼がそれまで一生懸命戦ってきたものというのが、最終的にあの場面に全部集約されるということで、最後に彼が言うセリフ「I want to be free(自由になりたい)」にすべてが導かれていきます。

──ルドルフ・ヌレエフを演じたのは、ウクライナ出身のダンサー、オレグ・イヴェンコです。本作で俳優デビューしたわけですが、すばらしい演技を披露していますね。

撮影中のレイフ・ファインズ監督(左)

監督:ヌレエフのキャラクターに惹かれてこの映画を作りたいと思ったからこそ、このキャラクターを演じることができる人を探すのはとても大事でした。プロデューサーも私も、ダンサーで演技ができる人を探そうと思っていました。というのは、ヌレエフというのは非常に有名な人でいろんな記録が残っている方ですが、脚本を読んだ時に、とてもドラマ性が強かったんです。ダンスのシーンもたくさんあって重要なのですが、ドラマのシーンの方が多いので演技力がある人にとって、すごくいいチャンスになるだろうという脚本でした。ですが、私は監督として、演技ができる俳優を選んで、後にバレエを習わせるということには非常に躊躇いを感じましたし、あまりそうしたくはないと神経質になっていました。演技力だけで選んで後でバレエを習ってもらうとなると、バレエは小さい時から習って身体に染み付いたいろんなジェスチャーが外に溢れるというダンスなので、どうしても代役を立てなければいけなくなる、ダンスシーンを他の人にやってもらわなければいけなくなる。それはとても時間がかかるのでスケジュール的にも難しいということで、もし演技ができるダンサーが見つかれば、その人をぜひ使いたいと思い、ロシアで大オーディションを行いました。オレグは最後に残った4〜5人のなかの一人でした。スクリーンテストを見た時に、いくつかの素質を感じました。彼はヌレエフに身体的に似ているということ、そしてスクリーンでの演技を理解できる才能があるということ、とてもインテリジェンスのある知的な人だということ、そして人の話を聞く耳があるということ。そしてよく言われる陳腐な言葉ではあるんですが「カメラに愛されている」人だと思ったんです。つまり、カメラに映った彼を見るとずっと見続けていたいと思う、それはスターの資質だと思うのですが、彼にはそういうものがあることが分かりました。そのテストをして、彼はいろんな感情も描けるということが分かったので、彼に決めようと思ったのです。

──今回の映画で亡命のシーンに力が入っていましたが、ヌレエフのキャラクターに惹かれたということに加えて、政治に対するメッセージが入っているのでしょうか。

監督:若いヌレエフが西側に亡命したという話は、既にいろんなドキュメンタリーもできてはいるのですが、私は『これは非常に魅力的な映画になる』と思ったんです。まず自己実現の話である、それから自由を求める話である、また冷戦という時代背景におけるイデオロギーの葛藤である、そういった中で個人とはどういう意味を持つのか、など面白いテーマがいろいろあると思ったんです。また、ヌレエフが西側に逃げる場面では、皆がロンドンに行ってしまってどうしていいか分からない時に、周囲の皆がイニシアティブをとって移民警察に行って……というようなことがあり、そこには友情というテーマもあると思いました。映画では、「誰にも頼らない人なんていないんだよ」と言われるシーンがありますが、実はヌレエフは少し自分勝手で有名な人でもあって、非常に純粋なスピリット、精神の持ち主でした。そこには醜い部分と美しい部分があるんですけれど、それがすべて、空港のシーンの核になっていると思うんです。また、友情ということで言いますと、クララ・サンという人は非常にヌレエフに傷つけられた人です。傷つけられたのですが、彼を赦して彼を自由にする手伝いをする、自由になるための媒体となってくれました。その友情の素晴らしさというのもテーマとしてあるなと思いました。

『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』
(C)2019 BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND MAGNOLIA MAE FILMS

 私は特に政治的なメッセージをこの映画に込めたつもりはありません。私にとって興味があるのは、人間の内なる精神の発露といったようなものですね。この映画は自己実現をするための旅、道のりの物語だと思うし、そういう物語としてインスピレーションを与える作品であれば嬉しいです。

──今回は出演もされて、流ちょうなロシア語も披露されていますね。

監督:そんなに流暢ではないんです。少しはしゃべるのですが、そんなに流暢ではないので一生懸命練習しました。ロシア語通訳に素晴らしい方がいたので助けてもらったのと、ポストプロダクションで、だいぶ修正しました。

──本作では出演と監督と製作をされていますが、それぞれ映画に携われる上で自分の立ち位置の違いを教えてください。

監督:私は監督としてまだまだ勉強している段階です。もしもう一本作ることがあるとすれば、今度は出演しないで監督に専念したいというのが私の夢です。俳優をやって監督もやって、というのは大変すぎるのでやりたくないと思うんです。今作も本当は俳優をやりたくなかったのですが、財政的な理由から出演しました。今回の映画で私もプロデューサーに名前を連ねていますが、ガブリエル・タナという素晴らしいプロデューサーに恵まれ、彼女の功績によって映画ができました。今度は、プロデューサーとしての心配もすることなく監督に専念したいというのが、次回作への希望です。

(C)Kazuko WAKAYAMA

レイフ・ファインズ
レイフ・ファインズ
Ralph Fiennes

1962年12月22日生まれ、イギリス出身。弟のジョセフ・ファインズも俳優。王立演劇学校に学び、舞台で活躍。1992年に『嵐が丘』で映画初主演。『シンドラーのリスト』(93年)でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされ注目を集める。『イングリッシュ・ペイシェント』(96年)でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされる。『ハリポタ』シリーズ(05年〜11年)では闇の魔法使いヴォルデモート卿、『007 スカイフォール』(12年)、『007 スペクター』(15年)ではギャレス・マロリーを演じる。『英雄の証明』(11年)で監督としてもデビュー。