1988年8月11日生まれ。浙江理工大学に進学。最初はアニメ・漫画コースに行きたかったが、希望のコースに行けず、服飾デザインとマーケティングを学ぶ。その後、映画作りに目覚め、ドキュメンタリー製作や短編劇映画に着手。初長編映画となる本作『春江水暖〜しゅんこうすいだん』は2年に渡る撮影期間の後に完成し、デビュー作にして2019年カンヌ国際映画祭批評家週間のクロージング作品に選ばれて、大きな話題を呼んだ。
『春江水暖〜しゅんこうすいだん』グー・シャオガン監督インタビュー
変わりゆく世界に生きる大家族の四季。壮大なロングショットに息をのむ
「今のこの時代を記録したい」模索を続けた2年間
大河・富春江が流れる中国の杭州市富陽区。再開発という急激な変化の中にあるこの街で、グー家の四兄弟とその家族が集い、高齢の母の誕生日を祝っていた。しかしその夜、母が脳卒中で倒れ、介護が必要になる。母と4人の息子、そしてその子供たち、変わりゆく世界に生きる大家族を描き、中国の山水画から着想したという壮大なロングショットを取り入れた「現代の山水絵巻」とも言うべき傑作『春江水暖~しゅんこうすいだん』が誕生した。
自身が育った街の変化を記録しようと脚本を書き、2年間に渡って4つの季節を撮影。長編デビュー作がいきなりカンヌ国際映画祭の批評家週間に選出され、中国新世代の若き才能と称賛されたグー・シャオガン監督に、本作についての思いを聞いた。
監督:僕の映画鑑賞デビューは遅いんですよ(笑)。なぜかというと、僕が育った時代の富陽(浙江省杭州市)には映画館がなかった。だから映画を見る習慣がなかったんですけど、高校3年生の時に出会った友人の影響で映画を見るようになり、好きになっていきました。岩井俊二監督の『ラブレター』や『リリイ・シュシュのすべて』にはすごく感動しました。
監督:大学時代に、短期間ですがヒンドゥー教を勉強していたんです。僕は信仰していたわけではなく海外の宗教や人々の信仰心に興味を抱いてました。そんな時、ジェームズ・キャメロン監督の『アバター』が公開されて驚いたんですよね。技術やCGに対してではなく、キャラククターや物語にヒンドゥー教の文化や思想が反映されていることに驚いて、その時に映画が持っている力に気がついたんですね。
それまでは、ただ娯楽のために映画を見ていたんですけど、芸術は人々に何かを知らしめられる存在なんだと気がつきました。『アバター』では万物に魂が宿るとか、神の化身だとか、普段目に見えない物事が具現化されていて、すごく分かりやすく描かれていました。それを見て映画って偉大だなと。そう思った時に「僕も映画を作りたい」という衝動に駆られたんです。具体的にどうするとか冷静に考えたわけではなく、とにかく何かしなきゃって。だからその時に身近にいたヒンドゥー教の人たちを記録したいと思いたち、彼らの生活や日常を撮り始めました。本格的に行動に移したのは大学3年生の時です。当時、HAFF(杭州アジア青年映画フェスティバル)がドキュメンタリー映画を募集していたので、撮りためていたヒンドゥー教の人々の映像を編集して応募したら採用されたんです。
当時から劇映画も作りたかったんですけど、資金もクルーも必要だし、脚本も書かなければいけないし、その頃の自分には難しかったので、ドキュメンタリーは映画作りの入り口としてとても良いと思いました。1人でもできるし、カメラ1台あればいい。思い返してみると、こういう過程を歩めたのは恵まれていたと思います。
監督:そうです。僕の感覚としては、クルーを組んで初めて撮った作品、という意識ですね。この映画をなぜ完成させられたかというと、2年という長い時間がかかっているからです。僕はクルーと一緒に撮影したことがなかったので、2年の間にやり方を模索したり、悪いところを修正したりしたんです。今思うと、最初の季節を撮った時と最後の季節を撮った時の自分は、全然違う人間みたいです。季節ごと、3ヵ月ごとに撮影していくので、季節の変わり目に時間が空くんですね。そこで問題の解決策を考えたり、反省したりする時間がとれました。この映画を撮ったことで4年間の大学を通ったくらいの勉強はできたかなって思っています。
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監督:改めて北京電影学院で映画について勉強した後、「北京で勉強もしたんだから、これはもう何がなんでも一本映画を撮らなければ」と目標を決めたんです。それから内容を考え始めました。そこで最初に心に浮かんだのが、自分の家族のこと、両親がやっていた料理店のことでした。それで、北京から地元に帰り、生まれ故郷の街の変化に気がついたんです。2022年開催予定のアジア競技大会に向け、大きなスタジアムや宿泊施設を作るのに立ち退きや取り壊しが進み、街は急激に変化していた。僕はドキュメンタリーを作っていた経験から、この瞬間を記録することに義務感と言うか、意味を感じました。地元の人間としての意識と、クリエイターとしての意識の両方から、今のこの時代を記録したいと思いました。
街の変化をどう脚本にしていくかというところから、物語や人物の構成を考え始めました。そして、この時代をいろんな角度から捉えるべきなのではと思い、そこから四兄弟が現れました。映画の四兄弟は、それぞれ別の仕事をしていますが、その設定によって様々な視点を生み出すことができると考えたんです。
長男が経営する料理店は人の生活の中にある場所なので、人間臭さと言うか、人の営みを描けると思いました。次男の漁師は河に出ますから街との距離があり、俯瞰した視点からこの街を捉えられる。三男は博打打ちなんかをしているアウトローの人物です。はぐれ者というか、半分地下にいるような疎外された人の視点から時代を描けると思いました。末っ子の四男は取り壊し作業の現場で働く人で、取り壊すことによって変わっていく物事を見ることができ、時の流れを表わせる人物になるのではないかと思いました。この4つの仕事と四兄弟を考えたときに、自然に、家族ものの物語へと繋がっていきました。
監督:「富春山居図」は富陽で描かれた絵画です。西洋の絵画における特徴のひとつは空間を表現することですが、中国の伝統的な風景画は、宇宙的な感覚、時の永遠や空間の無限を記録するために、時間と戯れることを試みるのです。その表現のために、中国絵画は時に現実的な光や影の表現といった他の要素をあえて排します。「富春山居図」の画家、黄公望は常に絵画の焦点を変化させ、統一された完璧な視覚体験の中に様々な角度を取り入れているのです。鑑賞者は絵画の中を流れいき、立ち止まり、自分も空に浮かんで飛んでいるような気分になったり、大地を感じたり、森の中にいるような気持ちになったりします。絵画という二次元的なものから解き放れる体験です。伝統的な絵巻は右から左へとゆっくり観賞します。巻物を進めるごとに少しずつ、更なるイメージやプロットが見えてくるんです。それって何だか映画のようだと思いませんか。
そこで、中国の伝統的な山水画を映画に変換して描いたら面白いのではないかと考えついたんです。「富春山居図」があったからこそのアイデアです。ただ、脚本を書いている段階では、長い絵巻物を展開していくようなスタイルにできたらいいなと思っていただけで、実際にどうやって撮影し、どうやって絵巻物のように見せるかというのは、クルーと一緒に模索していきました。
監督:富陽のある瞬間をリアルに浮かび上がらせるために、また市井の人々の情感を映像に入れるために、実際にそこで生きている人に演じてもらうことが大事だと思ったんです。おばあさんの役と、グーシーはお芝居の経験のある方ですが、長男夫婦は実際にレストランをやっている叔父さん夫婦だったり、自分に近い役を演じることで、いろいろな面で市井の人の現実性を映せたと思います。僕の両親も出演していますが、どこのシーンかは内緒にします。ヒントはお酒をついでいる場面です(笑)。
監督:見落とされがちなんですが、おばあさんが2回結婚しているという設定は、三世代の異なる時代の恋愛観や人生経験を描きたかったからなんです。おばあさんは言われるがままに、2度の結婚をしました。当時、娘は家族の商品、財産だったという側面があったんですよね。時代や境遇によって求めるものも違ってくると、愛情のあり方も変わります。おばあさんの時代は物質的に何もなかった世代、グーシーの両親の時代は物価も上がってきて物質を追い求めた世代、グーシーの世代になると物質的には満ち足りて精神的なものも追求する。それがグーシーとジャン先生の恋愛です。
監督:はい、三部作の第一作というつもりです。映画の冒頭で、僕は「富春江は杭州を通り東シナ海へ合流する」という文章を入れました。その意味は、二作目で映画の舞台は長江に沿って移動し、“絵巻”のように描く予定だからです。また、ジャン先生が「千里江東図」という三巻の絵巻物の話をしますが、あれも密かなメッセージで、「千里江東図」という絵は実際には存在していないのです。
第二作は、もし順調にいけば2022年に撮影が始まります。まだ脚本を書いている段階です。
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