『ローズメイカー 奇跡のバラ』ピエール・ピノー監督インタビュー

主人公がたどり着いたのは恋愛ではなくて連帯。はみ出し者たちへの温かな視点の源泉とは?

#ピエール・ピノー#フランス#ローズメイカー#ローズメイカー 奇跡のバラ

ローズメイカー

美に捧げた人生の豊かさに共感

『ローズメイカー 奇跡のバラ』
2020年7月3日より全国公開
THE ROSE MAKER (C)2020 ESTRELLA PRODUCTIONS – FRANCE 3 CINÉMA – AUVERGNE-RHÔNE-ALPES CINÉMA

フランスの地方で個人経営のバラ園を切り盛りするバラ育種家(ローズメイカー)のエヴ。巨大企業の台頭で顧客を奪われ、倒産寸前の起死回生を図るため、世界最高峰のバラ・コンクールに挑戦する──。

父の遺したバラ園がすべて、という頑固な女性と、バラ作りの知識もない訳ありな3人が奇跡を目指して奔走する『ローズメイカー 奇跡のバラ』。

美しい風景の中でバラ作りに励む、はみ出し者たちの悲喜こもごもを豊かに、温かく描いたピエール・ピノー監督に話を聞いた。

笑って、泣いて、希望の花が咲く!世界に一つだけのバラ創り/『ローズメイカー 奇跡のバラ』予告編

──存亡の危機にあるバラ園再生の物語を介して、競争や雇用など社会の問題が描かれますが、全体のトーンは重すぎず、軽やかな印象です。

監督:大きな困難を前にしたときに、重く受け止めすぎずに軽くあるというのは一種の防御の仕方でしょう。ユーモアやファンタジーをもって、あまりにも鋭く重々しい現実に対して距離を取るやり方なのかもしれません。

私は地方出身で、周囲に映画関係の人がいたわけはなく、最初は一観客として映画に親しむようになりました。田舎ですから、映画館の数も少なく、テレビで見ていました。最初に好きになった映画はいわゆる映画スターたちが出ている映画で、スターのおかげで映画に感動することを覚えたんです。それがどういう作品だったかを振り返ると、どれも重々しいテーマがありながら、ユーモラスで、ちょっと笑えるところがある。それを自分の作品の中で再現しようと思いました。『ローズメイカー』はそんな映画に対する感謝の気持ちです。

──頑固な女性が他者を受け入れ、生まれ変わる物語でもあると思いました。主人公にカトリーヌ・フロを想定しながら脚本を執筆されたのですか?

監督:早い時点から彼女のことを考えていました。フランスらしい女優が必要だと考えていて、カトリーヌ・フロが理想的だと思ったんです。フランスでも他の国でも、彼女が演じると……特に『大統領の料理人』がそうなんですが、フランスらしい雰囲気が感じられる。彼女はそうしたエレガンスを持つと同時に、土に近いと感じられる人物でもある。これが重要でした。エヴはバラの育種家で、新種を作るのが仕事ですが、その仕事自体が土をいじる農業にも近い仕事です。フランス的であって、クリエイターであるのと同時に、植物を育てる姿に説得力のある女優でなければなりません。カトリーヌ・フロは、本当に土に手を触れることができる女優です。この役にはコミカルなところもあれば、強い感情を出すところもある。カトリーヌ・フロは演技に幅があり、複雑な役も演じられる大女優だと思っています。

──エヴの元に職業紹介所から派遣された3人のキャラクターも興味深かったです。年齢も境遇も様々なトリオです。

監督:この3名は、それぞれが社会から捨てられた人々です。サミールの場合は年を取り過ぎてもいます。労働の世界に適応ができない、社会に適応できない、社会ルールから外にはみ出し、一度捨てられてしまった社会に戻ろうとしている人たちなんです。この役を演じるのが、あまり知られていない俳優であったり、ほとんど映画に出たことのない俳優であることは大切でした。
フレッド役をしたメラン・オメルタは長編映画の初出演です。ナデージュ役のマリー・プショーも端役で映画に出たことありますが、こんな大役は初めてでした。サミール役のファツァー・ブヤメッドは、ヒット映画に出ているので、フランスでは知られています。彼はアルジェリア出身なので、フランスの多様性を表しています。人間的にも優れた人で、長期失業者の役を彼が演じてくれたことはとても重要です。本当にうれしく思います。

──エヴの秘書・ヴェラを演じたオリヴィア・コートも素晴らしかったと思います。

監督:普段、彼女がやる役とは逆の使い方をしています。外見も完全に変身をしています。本当の彼女は外交的で、もっと自由な人柄です。今回は正反対の控えめな秘書役で、彼女にとってもチャレンジでしたが、ヴェラの存在が作品に深味を出してくれたと思います。カトリーヌ・フロと彼女がつくる、女性の2人組、私はとても気に入っています。実際に、撮影を通して2人は非常に気が合い、その後に友だちになりました。ヴェラに関しては「いかにも」な感じの年取った秘書風な女優を起用したくないと思ったのです。ステレオタイプから少しずらして考えました。大女優カトリーヌ・フロを中心に、オリヴィア・コートをはじめとする若い俳優たちを置いて、2つの世界を対立させることも面白いと思ったのです。

──エヴは独身で、夫も子どももいません。フランス映画では珍しい女性像だと思います。大抵の場合、今は1人でも過去にパートナーがいて、成長した子どももいるという設定ですから。

監督:実はまさに、共同脚本家の1人がその点を絶対的に変えたいと主張したんです。その人物はエヴの過去のラブストーリーを盛り込んだり、誰かとカップルになる結末にしたがったのですが、私は全く違うことを考えたんです。私は、母親になるとかカップルになることとは別のことに人生を捧げてきた女性に興味があったのです。

エヴの場合は、美しいものを探求すること、バラを作ること、亡くなった父との思い出に生きるためかもしれません。いずれにしろ、恋愛や母親になる能登は全く違う道をたどってきた女性です。そういう女性が話題になることが少ないからこそ、描いてみるのは素晴らしいのではないかと思いました。私自身、シングルマザーに育てられたので、1人で生きる女性に興味があって、それが影響しているのかもしれません。

──私はこの映画でエヴが見つけるものが、恋愛ではなくて連帯であることに共感を覚えました。

監督:私自身、子どもはいません。そして、血を分けた者同士でなくても家族の絆は築けると思っています。生物学的な繋がりだけが重要ではなく、血縁以外のところでつくる家族関係の重要性について、私はいつも考えています。

──この作品をお母さまに捧げていらっしゃいますね。
ローズメイカー

監督:脚本執筆に3年かかったのですが、その間に母が病気になり、私は最期まで付き添いました。よく彼女のそばでこの脚本を書いていましたので、母はこのプロジェクトをとても気に入ってくれていたんです。「絶対に実現させなさい」と言ってくれました。また、花やガーデニングへの情熱を私に教えてくれたのも母した。ずっと私を後押しして励ましてくれたのですが、映画の完成を待たずに母は亡くなりました。
そして完成作を見たときに、この映画は、どのように自分の愛する人に別れを告げるかを語っていることに気づいたんです。ですから、この映画を母に捧げるのは、私にとって当然のことでした。

──この映画のもう一つの主役はバラです。美しい花がたくさん登場しますが、天候や植物管理など、撮影は大変だったのではないですか?

監督:フランスでバラを撮影するのに最適なのは、5月から7月半ばぐらいまで。その間であれば、前年の古いバラも今年の新しいバラも咲くのですが、いろいろな事情で、撮影は9月、10月でした。つまり、いい時期ではなかったんです。ところが幸運なことに、撮影の年は秋に咲いたバラが多かったんです。さらに鉢植えのバラを買ってきては植えて、同時期に咲くようにしました。美術スタッフにとってはとても不安な日々だったかもしれません。ストレスも多かったのですが、幸運なことに天気にもほぼ恵まれて、9月に花をそろえて咲かせることができました。

──エヴの「美のない人生は虚しい」という哲学にも共感しました。昨年からパンデミックが続く中で、人々が忘れかけている考えです。

監督:私も、あのセリフとても好きです。感動します。それに関してちょっとエピソードをお話ししたいです。私が20歳のときに祖父母から、大きな辞書をプレゼントされました。勉強を続けるように、と贈ってくれたんですが、その見開きのページに祖父が、「知識と、そして美の喜びのために」と書いてくれたんです。当時、私は理解できませんでした。知識はわかるけど、なぜ美なんだ? なぜ祖父は美の喜びと書いたんだ? と思ったのですが、今はわかります。そうしたはかないものが重要だということ、美が自分の周り、あるいは自分の中にないと、何かが自分の中で消えている。自分を高みに登らせてくれるものがないということになるのです。この映画は、どうすれば芽を出させるか、そして人を花咲かせるはどうすれば成功するかを語っています。花は数日咲いて、消えてしまう。はかなく、逃げ去るものですが、そうした美の重要さを描きたいと思いました。ベルギーの有名なバラの育種家が「人生を美にささげたのであれば、その人生は無駄ではない」と言っていますが、本当にそうだと思います。

(text:冨永由紀)

ピエール・ピノー
ピエール・ピノー
Pierre Pinaud

1969年3月30日生まれ。99年の短編映画『Gelée Précoce(原題)』でベルフォート映画祭観客賞、ブリュッセル映画祭観客賞と脚本賞などを受賞。2008年、短編映画『Les Miettes(原題)』がカンヌ国際映画祭批評家習慣に出品され、セザール賞短編映画賞をはじめ数々の賞を受賞。長編映画監督デビュー作『やさしい語りで』(12年)はFestival de Réunionでグランプリ、ユニフランス主催の“マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル”でソーシャル・メディア賞を受賞。