1966年、イギリス生まれ。舞台演出を多数手がけているほか、「アガサ・クリスティー ミス・マープル2 スリーピング・マーダー」(06年)、「MI-5 英国機密諜報部」(08年~10年)、「STRIKE BACK 反撃のレスキュー・ミッション」(10年)などのテレビドラマの監督・演出を担当。また6年連続で計15部門のエミー賞に輝いた英国の大ヒットテレビドラマ「ダウントン・アビー」シーズン4(13年)では監督の1人を務め、高く評価された。
英国演劇界の父ピーター・ホールを父に、女優レベッカ・ホールを異母妹に持つ。
『ブライズ・スピリット~夫をシェアしたくはありません!』エドワード・ホール監督インタビュー
“ゴーストライター”の元妻が幽霊となって蘇る!? 奇想天外な三角関係が巻き起こす“報い”とは?
「ダークな状況に陥っている英国の人たちを勇気づけたい」ホール監督
初演時に約2000回にわたり舞台で上映され、1945年にはデヴィッド・リーン監督によって映画化もされたノエル・カワードによる1941年の戯曲「陽気な幽霊」。9月10日より公開される『ブライズ・スピリット~夫をシェアしたくはありません!』は、この名作戯曲を原案とするシニカルコメディだ。
作品の舞台は、1937年、英国。スランプに陥ったベストセラー作家のチャールズ(ダン・スティーヴンス)は、霊媒師マダム・アルカティ(ジュディ・デンチ)を自宅に呼んで、7年前に事故死した妻エルヴィラ(レスリー・マン)の魂を呼び戻す。かつてチャールズはエルヴィラから小説のヒントをもらっていて、幽霊となって甦った彼女は、再び彼の“ゴーストライター”に。しかし、エルヴィラがチャールズの現在の妻ルース(アイラ・フィッシャー)に嫉妬したことで、予想外の事件が巻き起こる……。
本作のメガホンをとったエドワード・ホール監督に、子どもの頃から大好きだったという「陽気な幽霊」の魅力と、映画化にあたっての想いについて語ってもらった。
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ホール監督:私は子どもの頃からこの舞台が大好きでした。シンプルに笑えて楽しかったですし、死をモチーフとしたコメディという物語の設定にも惹かれました。80年前にカワードがこの物語を書いた時は戦時中で、誰しもが“喪失”とか“死”といったものに向き合わなければいけない、つまり、すごくダークな日々を送っていました。そんな時代に彼はみんなを元気づけ、気持ちを上げてもらうためにこの物語を書いたのです。
そして本作の撮影は2019年に行われましたが、ちょうどその頃、英国も政治的にダークな局面を迎えていました。カワードの物語は死とか喪失をテーマとしているけれど、コメディで明るい物語。だから現実で抱えている問題を忘れて現実逃避できる。今の英国の状況は制作時とは異なるダークな状況となっているけれど、今もみんなを勇気づけたいという気持ちは変わりませんね。
ホール監督:台詞の部分は結構カワードのオリジナルの戯曲から使っています。そして、アップデートというのとは少し違って、どちらかと言うと僕がしたのはスクリーンで見た観客が満足いくような形で拡張させるという作業でした。例えば、舞台設定が小さな英国風のカントリーハウスから、いかにもアール・デコというような大きな邸宅になっていたり、あるいは、マダム・アルカティも、当初の役どころではなく国中に知られているスピリチュアリストになっていたり。彼女はショーの時に大事件が起きて偽物だということがばれてしまうのだけど、自分の生計を立てるため、もしくはキャリアを立て直すために裕福な人から仕事を受けなければいけない状況に陥る。まあでも彼女には秘密があって、それは今回新たに付け加えたものです。
それからエルヴィラは、1930年を謳歌しているような美しくて危険なアメリカ人のボヘミアンで、自分が思っていることを自由に表現するタイプ。対するルースは、完璧なアール・デコの世界に住んでいて、全てを自分がコントロールしたいと考えている、まさにあの時代の英国人女性。さらにチャールズも、脚本家としてハリウッドに進出しようと野心を燃やしている。そこにエルヴィラがやってくるという設定にしたことで、ビジュアル的にも色々と広げるチャンスを得ましたし、ストーリー的にも女性たちがある秘密を知ったことでどう動くのかというところで、キャラクターをさらに深めて表現できたのではないかと思います。
ホール監督:チャールズは、英国で映画スタジオを経営する父を持つルースの機嫌を取るために、ハイ・ファッションやハイ・アートといった環境を準備したかったのです。彼女は野心を持った若い女性で、ハリウッドで成功するような脚本家、あるいは裕福で有名な脚本家の妻という座に収まりたいと考えているし、父親を感心させたいという気持ちもある。だからこそチャールズと結婚したわけで、そこに愛はなかったのかもしれない。だからこの家は、彼女のための完璧な場所なのだけれど、ワイルドな幽霊がやってきて彼女の空間を乱していくことで大きなドラマが生まれる、というのがデザインのコンセプトでした。
一方、彼の書斎というか作業部屋は、母屋からちょっと離れていて、男の人が自分の趣味に費やす時に使うようなマンケイブみたいな感じでイメージしています。さらに彼は、自分が離れに閉じこもっていないと魔法が紡げない──つまりモノが書けないという設定になっていて、それが逆に彼を捕える籠のようなものになってしまっている。窓から自分の美しい邸宅や風景を見下ろしながら、彼は壁を見て何もアイデアが浮かんでこないと悩むわけです。
ホール監督:彼がルースと結婚した動機というのははっきりしていて、ハリウッドで脚本家としてスターになりたい。だからこそ彼女と結婚すれば業界へのアクセスも得られるし、あるいはいいギャラも貰えるし、ハリウッドへ行く道のりも見えるわけですよね。そして彼女は、彼との結婚、彼との生活という“アイデア”を愛しているのだと思います。自分の素晴らしい邸宅があって、輝ける未来があって、自分たちが成功していて……という彼女の中でのイメージがあるのだけれど、夫は自分を本当に愛しているわけではなくて、家とか自分たちがやっていることはただ外部にそういう風に見せたいだけなのだということに気づいてしまう。彼女は最初から最後まで信念を全く曲げないキャラクターなのですが、彼女にとって一番大事なのは自分の正直な気持ちで、だからこそ最後のあの行動へとつながっていくのです。
マダム・アルカティをプロフェッショナルに演じ切ったジュディ・デンチ
ホール監督:もちろんジュディはあの世代で最も偉大な女優ですから。同時にコメディと悲劇を表現できるというところも素晴らしいと思います。どのコメディでも根っこの部分には“哀しみ”があるわけで、“哀しみ”とは笑えるものなんですよね。そしてリアルでなければいけないのですけれども、ジュディは見事に美しく表現してくださいました。
実は監督の仕事の仕方というのは2つあって、例えば演出の際、一つ一つにフォーカスして丁寧に作っていくというのと、ちょっと一歩引いて何が起きているのかを俯瞰しながら、いろんな選択肢がある中で自分が欲しいものを選んでいくやり方があると思うんです。ジュディの場合は現場でいろんなパターンの演技を繰り出してくださるので、それを見て全体像を考えながら、もう少しこれをやってほしいとか、これもちょっと押さえてもらおうかなということができる。ものすごく頭の回転が速いし、本当に素晴らしいコラボレーターであり、プロフェッショナルでもあって。朝も8時から現場にいて、深夜をまわってもどのテイクも素晴らしいのです。一切文句もおっしゃらないし、人の悪口も一切言わないので、そういった意味でも本当にすごい方ですね。
ホール監督:彼女には“なぜ霊媒師になったのか”というバックストーリーを作りたかったのです。“喪失”というのはこの作品のテーマでもありますが、人生の早い時期に何か喪失を経験していて、悲しみと上手く向き合うことができなかった彼女は、タロットをするようになる。そして、それを見た友人が自分の運命も見てというようなことがあって、どんどん話が進んでいって有名なスピリチュアリストになったのではないかという風に想像しました。キャラクターとしては、表面上はこの物語の中で一番偽物なんじゃないかと思うかもしれませんが、彼女の内側には誰よりもエモーショナルな真実というものがあって、特にチャールズとは鋭い対比になっていると思っています。だから、マダムを含めた女性たちはみんな報われ、男性であるチャーリーには報いがやってくるのです(笑)。
(text:足立美由紀)
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