1943年、東京都出身。17歳の時に寺山修司と篠田正浩にスカウトされ、62年、映画『涙を、獅子のたて髪に』、ドラマ『48歳の抵抗』で女優デビュー。以降、映画を中心に女優として活躍するほか、劇団四季の舞台「オンディーヌ」に出演。1981年に『泥の河』でキネマ旬報助演女優賞受賞。その後も、『陽炎座』(81年)、『麻雀放浪記』(84年)など映画に多数出演。90年代後半からテレビドラマの出演が増え、『君の手がささやいている』シリーズ(97年~01年)や『花より男子』シリーズ(05年~07年)などで存在感を放つ。近年のそのほかの映画出演作に『スープ・オペラ』(10年)、『神様のカルテ』(11年)など。
連れ合いの息子が自閉症なんです(加賀まりこ)
都会の片隅にある古い一軒家で一人息子と静かに暮らす珠子には心配事がある。50歳になったばかりの息子は自閉症だ。将来、息子が1人になったら……。
『梅切らぬバカ』は、70代の珠子が1人で育ててきた息子の忠雄(愛称 忠さん/ちゅうさん)との愛情に満ちた日々を中心に、隣家に越してきた3人家族をはじめ、平穏だけではない周囲との関係も描いていく。
未来に備えようと模索しながら、今を大切に、親子の時間を積み重ねていく母親の愛と切実な思いを繊細に演じたのは加賀まりこだ。
日本の若手映画作家を育てる「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト」の長編映画として選出された今作を1967年以来の映画主演作として選んだこと、珠子という役を通して伝えたい願いを語ってくれた。傍らで誠実に言葉を紡ぐ和島香太郎監督を明るく盛り立てるカラッとした優しさが気持ちいい。作る側の思いが詰め込まれた1作について、2人に語ってもらった。
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加賀:ほんと、「何で私?」って聞いたよね、最初。
監督:そうです。
監督:僕自身がいろんな障害のあるお子さんを持つお母様にお会いしてきて、快活な印象の方が多かったんです。見た目に苦労が表れているわけではないですし、逆にそう見られないように気をつかってるとおっしゃるお母様もいました。
加賀:そうなんだ。でも、珠子さんについて、そんなきれいにしていいって言わなかったよね。
監督:ちょっとかわいらしいポイントを、洋服に入れてもらったりとか。
加賀:その程度ですね。お化粧だってほとんどしてないし。
監督:そうです。髪も……
加賀:地毛の白髪です、全く。
監督:そのまんまで、という感じで。
加賀:全然考えなかったです。お金持ちでもないおばさんが、そんなきれいにしてるわけもないし、彼女のできる範囲で、というのと、やっぱり動きやすく割烹着とか着ているのが自然だと私は思っていたから。
加賀:そうですね。ブラウスとかも自前ですね。
監督:割烹着とか、基本的に加賀さんからアイデアは出していただいています。
加賀:こういう日本のお母さんは割烹着、というイメージがいまだに私の中にはあって。昭和に生まれた女は(笑)。割烹着自体がすたれているけどね。
加賀:便利なのよね。
加賀:割烹着が似合いそうでもない女優だからね、いかにも。
加賀:似合ってるでしょ(笑)。
加賀:連れ合いの息子が自閉症なんです。そういう子のそばにいることには多少慣れている。そんなしょっちゅう会わないけど、という中で、芝居としてじゃなくて存在できるかな、ということが一番重要だったかな。あんまり芝居をせずに彼のそばにいるっていう状況を出せばいい。もう私は本当に、(場面写真の忠さんを見ながら)この人のそばにいるときは母のつもりになっちゃうし。
加賀:いやいや、そんな。もともと、ちゃんとあったんです。その中で、私はこういうふうなことを言いたいな、とかは言ったけど、全部彼が作ったんです。
加賀:そうだっけ? 私、結構早めにOKした。
加賀:私の中ではすごく当たり前のことなんだけど、今まで仕事した監督たちも、演出家も、だから、すごく不思議なことではないんだけど。
うちの家族はみんな裏方なので、そうやってディスカッションしているのを小さいときから当たり前に耳にしてました。分かんないまでもね。だから、関わるのが当たり前。だから、OKして関わる上は、と思っているのね。
加賀:観終わった方が”忠さん”のことを好きになってほしいって、そういうふうにいつも思っていただけ。余計なこと……例えば、後ろ姿に悲哀をにじませようとか、そんなことは全く考えずにやりました。日常的に、台所で何かゆでてる、水洗いしてるとか、そういう動作がそこに生きている人が一番重要なことで。
加賀:肩張ってらんないよね(笑)。
加賀:うん。たった2週間。それも驚いたの。OKしてから聞いたのよ。「うそ、2ヵ月ぐらいかけんでしょ」と思ってたから。2週間……それって私、毎日撮影よねって。3日働いたら4日ぐらい休めるとか、そういう甘いことを考えてたの(笑)。もうほんと驚きました。若い監督を育成するためのプロジェクトだとは分かっているんだけど、そんな過酷な環境で撮るというのはちょっと驚いた。予算もないし。
加賀:でしょ?
加賀:全然そんなことあまり意識してないんだけど。朝の場面もそんなに何回もテストしたわけじゃないもんね。
監督:そうですね。
加賀:忠さんが「7時です」とか言いながら、朝のルーティンをしてるけど、そこでも「ここで技を見せよう」というのは全く私の中にはないのよ。だから、逆に良かったんじゃないの? ここで自分がうまそうに見えるとか、そういうことを意識したことないので、常に、あんまりうまくもないし。
監督:短い日数の中で、ほんとに加賀さんと塚地さんの呼吸がぴったり合ったことに救われてるところも、すごくあると思います
加賀:プロ、プロ(笑)。
監督:そうですね、ほんとに。短い時間の中でこういうものが作れるんだな、と思いました。
加賀:基本的に塚地さんっていう人を人間としても好きだったから。
加賀:全然お知り合いじゃないです(笑)。天海(祐希)さんという人を通して彼のことは聞いていたけど。
加賀:そうだよね。
自閉症の方から見れば、通りすがりの人も怖い存在だったりすると思う(和島香太郎監督)
加賀:このまんま。無口で、ちっちゃい声で何か言ってるんだけど(笑)、「私、耳悪いからもうちょっとはっきり言って」と言ってました(笑)。
撮影の最終日に言ったのは、「みんな周りにプロがいるんだから、もっと甘えなさいよ」ということ。「もっと甘えたらいいんじゃないの?」って。甘えてる姿を1回も見てないので。照明さんにしても、録音の人にしても、みんなすごいプロフェッショナルな方たちだから。美術のスタッフもすごくいい人たちで、親子が住むおうちも、ほんとにいろんなことに気配って作ってた。生きてる感じがするようにちゃんと作ってくださってるのよ。
そうだ。彼はすごくテーブルの上をきれいにしたがるのよ。生活してると、いろんなものが雑然となるでしょ? 日常の生活の中でもそうですよね。それを全部外すの。私、あれのほうが気になった。
監督:ほんとですか。
加賀:うん。テーブルの上をあんなにきれいにしないよ。もっと日常のものが並んでいる中で食事したりするんだよ。
監督:そうですね……。
加賀:だと私は思うんだけど、あなたは嫌なのよね。それを全部外してたよね。
監督:ちょっとそのときの自分がおかしかったかもですね。
加賀:(笑)おかしくはない。趣味だから、それは。変なものが映りこむのが嫌なんだろうなって私は解釈したけど。食事を用意する場面で、お皿とか私が置くじゃない? その順番にうるさいの。何から置いたっていいじゃん。どこ置いたっていいじゃんって私は思うのよ、生活してればね(笑)。だけど、彼はすごくそういうことにうるさいの。旦那になったら嫌な人だよ(笑)。
加賀:ずーっと思って、守ってきたけど、自分の方が先に死んでしまう。そこで思うのは、彼をこの街の人気者にしたいということ。ちっちゃい世界でいいのよ。お隣、近所3軒、4軒。私が死んだ後、気にかけてくれる人がいたらいいなっていうことよね。それしかないもん。
加賀:うん。財産を残せるわけじゃないし。だとしたら、彼がみんなに、「忠さん、元気?」って言ってもらえる存在でいてほしいっていうのが、一番の願いだと思ったの。
加賀:いや、なんないんじゃない? 永遠に息子は息子よね。
加賀:(笑)難しいとこよね。いかにも寂しげに肩落としてみたいな芝居は嫌だった。だから、グループホームから出ていくときもそうだけど、凛としてたかった。
加賀:どうでしょう? 知らないもんね、私のこと。ほとんどね。
監督:そうですけど、加賀さんの『純情ババァになりました。』というエッセーを読みましたし、シナリオの打ち合わせをしてるときの加賀さんの……
加賀:様子?
監督:はい。それこそ「率直だけが取り柄なのよ」って、実際、僕に言われた言葉なんです。そういったことは反映したいなと思っていたので。
加賀:そうそう。言ったね、確かに。でも、ほんとに取り柄ないんだもん、他に(笑)。執着もないし、何に対しても。
加賀:ありがとうございます。
加賀:連れ合いは日本の高度経済成長期の真っただ中、テレビ局に入って仕事して、上を向くタイプの男だったの。でも、あの子が生まれ、そして病気が分かり、彼は子どもと向き合うことによって、本当に顔が変わったの。私が知っていたのは入社した頃の若い彼。それが十何年ぶりに会ったとき、この人すごく変わったと思って、話を聞いたら、離婚してご自分で育てていると聞いて。「それはあなた、お子さんに感謝だね」と言ったのも覚えてるし、向こうもそう言われたのがすごくうれしかったんだって。
その子によって自分が成長したと思えるらしいのね。彼を見ていると、だから「ありがとう」なんだ、と私はすごく分かるし。こんなにこの人を素敵にしてくれて、ありがとうって私は思うし。
加賀:それは分かんないけど、一緒に散歩してると、やっぱり通りすがりの人の視線が冷たいよね。見た目はごく普通なのよ。だけど、急にちょっと大きな声を出したりすることあるじゃない? それをバッと見る人たち。人って、こんなに障害を持つ人に向かっての視線が優しくないんだと思って、嫌だった。ああ、何で?って。もっと微笑んでくれって思うの。この映画を見た後に、皆さんが思ってくれたらいいなって思う。怖くはないんだから。何をするわけじゃないんだから。ただ、ちょっと時々大きな声出したりすることはあるけど。
監督:そうですね。きっと自閉症の方から見れば、何気なく通りすがる人たちもまた怖い存在だったりすると思うんです。突然視界の中に入ってこられたりとか、例えば大きな音を出して近づいてこられたりとか、それだけでとても怖い思いをする方たちでもある。だから、お互いの事情をもうちょっとつかみ合うことができれば、それこそ街で障害のある人たちを見る目というものが少し変わるだろうなっていうふうに思っています。ただ、やっぱり全然事情が分からないから、怖いものとして見てしまう。だから、さっき加賀さんがおっしゃってくれたんですけど、この映画を通して、“忠さん”を見守ってもらえたらいいなと思って作りました。
監督:回想を入れるのが、あまり得意ではないというのもあります。ただ、他の映画を見ていて、そこだけ説明のために時間が止まってしまうように感じるときがあります。それだったら、今の日常を通して2人の過去が何となく感じられるような描写のほうがいいなと思って。
加賀:そういう、余計なものを省いたほうがいいっていう、テーブルの上のものじゃないけど、たぶん親父もそうなんだと思うの、この人(和島監督)の中で。
監督:そうです。
加賀:要らないと思う。まあ「死んだことになってるから」というのがせめてもの言い方かな。確かに向き合う親は大変だけど、びっくりして捨てちゃう人もいるわけだから。絶対向き合わない、いまだに会いにも来てくれない人もいるわけよ。
加賀:お隣に越してきた小学生の男の子にも媚びてないしね。媚びてまで「うちの子を好きになって」「大事にして」と言わないところもいいのよ。占いのお客さんに対してもね。私、割に珠子さんみたいなところはある。
加賀:そういう人たちを許し、しかも自分もきっと相手に対してそういうことをしてるかもしれないっていう自覚って、私は大事にしたいよね。
監督:『梅切らぬバカ』で言うとお隣の里村家のように、さまたげになるものを周りが少しずつ受け入れていくこともできる、そういったプロセスを大切にしたいと思ってるんです。逃げずに関わっていくことができれば、そういった関わり方は見つかるんじゃないかなって思います。
加賀:いつも主演作だと思ってんだけど(笑)。
加賀:70代で1本のいい出会いがあったなという感じ。それ以上でもないし。ただ、人生の中で、たいがい何かしら、ああ、飽きたなと思うころに、ちょっとざわつく仕事と出会える。私はすごくラッキーな運勢なのかもねって思うわ。
(text:冨永由紀/photo:小川拓洋)
(ヘアメイク:野村博史/スタイリスト:飯田聡子)
(衣装協力:レーストップス¥29,700、レーススカート¥61,600、ブラックジャケット参考商品/すべてプレインピープル〈プレインピープル青山〉)
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