『香川1区』大島新監督インタビュー

『なぜ君』続編を作ったのは、自民支持者の理屈を知りたかったから

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大島新

選挙には異常な負荷が掛かる

衆議院議員の小川淳也氏を初出馬の2003年から17年間追い、昨年の公開から大きな反響を呼んだドキュメンタリー『なぜ君は総理大臣になれないのか』。新型コロナウイルス感染拡大で社会は大きく揺れ、今秋には衆議院議員総選挙が行われた。

小川議員の取材を続けていた大島新監督は総選挙に焦点を当てた続編『香川1区』の公開を決断した。

前作公開から1年余りという短いスパンで制作を決意した大島監督に、本格。的に選挙戦が始まる前、自由民主党総裁選挙の前日である9月28日に話を聞いた。

[動画]小川淳也議員と平井卓也前デジタル大臣、2人の対決に注目が集まった選挙区を追った『香川1区』予告編

[動画]「なぜ君は自民党に入れるのか?」大島監督が『香川1区』で描きたかったこととは?

──私は今まで政治に強い関心を持たず過ごしてきて、自分の政治活動といえば、投票に行くこと。それ以上もそれ以下もしていないのですが。

大島:いや、それが一番大事ですから。

──前作を見て、まず「政治家の仕事って、一体何なの?」と思いました。小川さんの考えに共感する人は少なくないですが、選挙に勝たなければ意味がない。政治家の仕事は選挙に勝つことなのか、じゃあ選挙家じゃないの?と思ったり。
『香川1区』
2021年12月24日より都内先行公開、2022年1月21日より全国順次公開
(C)2021 NETZGEN

大島:本当は選挙で勝った後に政治をするということでしょうけれども、特に野党の場合はそこがなかなか大変です。まさにおっしゃるとおり、選挙に異常な負荷が掛かるんですよね。
一方で、地元に1回も帰らなくても当選するような人もいるわけですよね。小泉進次郎さんとか安倍晋三さんもそうで、スタートの時点でものすごい差がついているのも現実です。スポーツ選手のように、本人の資質と努力によって結果が出るというものじゃない。それがまたよく分からんというか。
私自身も、小川さんを長い間撮り続けながら、映画にしようと思ったのは2016年です。このままだと小川淳也さんという人的資源の無駄遣いじゃないかと思ったんです。こんな優秀でまっとうな人が、選挙になかなか勝てない。相手が誰なのかということで勝ち負けも全然違ってくるので、一体何なんだろう?と近くで見ていて思ったんです。それをドキュメンタリーとして、私の疑問というか、一体政治って何なんだろう、政治家って何なんだ?という思いはありましたね。

──去年『なぜ君』を公開して1年余りで続編を決断された理由をお聞きしたいです。

大島:去年の6月に『なぜ君』が公開されまして、おかげさまで思いもしなかった反響をいただいて、「続編はないんですか?」と言っていただいたんです。
私は、作品になるかどうかは分からないにしても小川さんのウオッチは続けよう、折に触れ撮影は続けようと思ってましたし、次の機会があるとしたら4~5年のスパン、あるいは場合によっては10年とか、半ば冗談半ば本気で「次回作は『まさか君が総理大臣になるとは』っていうタイトルとかでできたら面白いよね」なんて話はしてたんです。
その気持ちがちょっと変わったのは、2020年秋の菅内閣の誕生と、それによって(小川議員と同じ香川1区の自民党候補の)平井卓也さんがデジタル改革担当大臣になられた時です。これはちょっと大きな出来事だったんですよね、小川さんにとって。
同時期に、誰も覚えてないと思うんですけど、新しい立憲民主党ができて、このときに旧立憲と国民民主党の一部が合体するような形で無所属議員も入って、実は若手・中堅の中から小川さんに「代表選挙に出ないか」という話があったんです。彼は結局見送って、結果として枝野幸男さんと泉健太さんが出て、枝野さんになって。
その時、彼が見送った理由が選挙区当選してないからなんです。そこは言い方悪いですけど、1軍半みたいな感じなんです。選挙区で勝ったのか、比例復活なのか、というのは政治家にとってはとても大きいことで、ますます小川さんはその一件で次の選挙で勝たなければいけない、と。もちろん毎回そうなんですけれども、よりその気持ちを強くしていました。お相手が内閣の看板大臣になったわけで、次の選挙が彼にとって、大きな意味を持つ。
『なぜ君』だけが理由じゃないと思うんですけど、小川さんの知名度も上がってきている中で、香川1区は注目選挙区になると思って、選挙に焦点を当てたドキュメンタリーを考えたんですね。

──予告編では、平井卓也氏を大島さんが取材する場面がありました。小川さんだけではなく、与野党の両陣営を追う形になるのでしょうか。
香川1区

大島:タイトルも『香川1区』ですが、ベースは『なぜ君』の続編という形になるので、やっぱり軸になるのは小川さんの選挙活動ですね。十何年間も追ってきた人ですので、人間関係も含めて、軸はそうなります。ただ今回は短い時間ですけど、平井さんご本人に取材受けてもらいました。平井さんの支持者の理屈をより知りたい気持ちがあるんです。
なかなか難航はしてるんです。私が『なぜ君』の監督ということもあって、警戒心をお持ちの方もいる。小川さんのことがいいと言う人はもちろん周囲にもいますし、そういう理想に共鳴する人もいっぱいいるわけですけども、やはり平井さんが勝ってきたことは事実です。今年になってから、平井さんのおどし発言とかいろんなことがあって、でも、地元に行くと「元々、ああいう人だから」と意外とマイナスに響いてない印象でした。だから、投票する理由は別にあるということですよね。
香川1区は候補者同士が非常に対照的なので、より目立ちますけど、いろんな理由の投票行動は全国的にあるはずで、そこも知りたいと思ったんです。何を隠そう私自身が、自分が投票した人が勝ったためしがないとこともありまして。
投票率の問題もあります。安倍政権になってから、国政選挙で6回連続で自民党が勝っていますが、絶対得票率でいうと二十数%なんですよね。有権者の4分の1が信任してることで、最強政権と言われている現実も不思議というか。政治って何なんだろう? とますます思ってしまうんです。だから今回の選挙では、軸は小川さんなんですけれども、相手方の強さは一体何に支えられているのか、そういったことも描きたいと思ってます。私も知りたいので。

──十何年もの間、取材を続けてきても、その謎はまだ解けないんですね。

大島:その間は小川さんのことばかり見ていたというのもあります。人物ドキュメンタリーとして考えていたんです。今回は小川淳也さんという人物ドキュメンタリーの要素に相手方の要素も加わったという感じです。

──昨年からのパンデミックの中で映画が公開されたことは作品にとっても、小川さんの追い風になったのでは、という気もします。コロナ禍なしにオリンピックが予定通りに開催されて「良かった」「面白かった」となっていたら、小川さんは埋没したままだったと思います。

大島:この映画に関していうと、間違いなくそうだと私も思ってます。ほかの映画は軒並みコロナのせいでひどい目に遭ったと思うんですけど、この映画はコロナがあったことですごく後押しされた。公開は去年6月でしたが、4月、5月の時期が、あれほど政治家の資質や言葉が社会に生きる人々にダイレクトに影響したことはなかったと思うんですよね。それは世界中のリーダーも、日本のリーダーも、都道府県知事たちもそうです。その人たち(時の権力者)によって全く変わっちゃうんだと。人々の意識が、政治家あるいは政治リーダーに集まった時に公開されて「こんな政治家がいたのか」となったんだろうと思います。
1本の映画が世の中を変えたりとか動かしたりする力になれるのだとすれば、小川さんのような人に政治の世界で力を持ってほしいとは思ってますので、そうなることがもちろん、私がいいと思う方向です。それが正しいかは分かりません、絶対的な答えはないので。一方でやっぱり私は、ある種の引いた目線も持ちたいし、そこは難しいところですね。

──感染予防対策で、選挙活動もこれまでとは違うものになりましたか?

大島:大きくは変わってないですね。ただ、以前はなかったオンライン集会は活用してますよね。やっぱり街頭に出て、もちろんマスクをして握手はなしですが、自転車に乗ったり、車に乗ってマイクでしゃべったりとか、その活動は変わらないんです。

──オンライン集会だとより広く、若い世代にも伝わりやすい気がします。

大島:その可能性はありますね。ただ、やっぱり本人はちゃんと会って話すのが好きなんです。どこかのお宅にお邪魔したり、小さな公民館的なところに行って顔を突き合わして話すのはすごく大事なことだと小川さんは言ってましたので、その物足りなさみたいなのがあるんじゃないかという気がします。

──大島さんと小川さんの関係も独特だと思います。長い時間を通じて友人になり、被写体でもある。作品を作るときに線引きはあるんでしょうか。それとも要らないものでしょうか。

大島:ここは難しいんですよね。友人を被写体にするんじゃなかったと思うときも、ないではないんです。難しいところですよね。それこそ『なぜ君』での小川さんのせりふじゃないですが、「51対49」でいうと、恐らく私は51は監督という部分を優先している気がするんです。でも、49である友人としての部分がなくなるわけではないので、だから行きつ戻りつしながらやってるっていう感じですかね。

──タイトルについてもお聞きしたいです。前作はとてもキャッチーでしたが、それに対して今回はそのものズバリの一言です。あえて選ばれたのでしょうか?

大島:そうですね。前回はタイトルも褒めていただいたことは多かったですが、あえて私の意図というかメッセージが入ったタイトルにしたんです。でも、続編はその路線ではなくて、今度は無機質なタイトルにしようと思いました。最初は『第49回総選挙香川1区』も考えましたが、長いなと思って。『香川1区』にしました。

「50歳を過ぎたら引退」は、「いい仕事をして」という前提

──タイトルから受ける印象だと、小川さんの側に立ちつつ、ドキュメンタリーとしてフェアな立ち位置で選挙を追う内容になるのかと想像しますが。

大島:これは難しいですよね。フェアかどうかというのも、“何をもって”というのもあります。例えばテレビにおける公正・中立的な、尺も同じにしなきゃいけないみたいな、そういう意味のフェアだと、私がやってる意味がないということもあります。ちゃんと自分が見た事実を曲げずに伝えるのは大事だと思うんですけども、じゃあ今から急に平井さんの側に立てるかというとそれはなかなか難しいことです。この企画、ちょっと面白いなと思ってやり始めたんですけど、実際にはなかなか簡単なことではなくて。取材交渉も難航してますし、迷いながらやってますね。

──お話を伺っている今日は9月28日、自民党の総裁選前日です。総裁が決まると、そこからまた違う展開になりますが、総裁選についてどう思われましたか?

大島:私はこれこそがいわゆる自民党だなと思ったんですね。菅さんが辞めたのは、もちろん最後はご本人の決断だったと思うんですけども、やっぱり党内で辞めざるを得ないような状況になったと思うんです。新しい総裁選をやって、その様子をメディアが報じて、自民党の支持率が上がった。私はこれを自民党の集合知だなと思ったんです。野党にはそれがないんですよね。
いいとか悪いとかじゃないんです。僕は、自民党政権が続くことはいいと思っていませんが、権力を維持する集合知、力というのはほんとに大したもんだな、と思いました。誰が総裁になったにせよ、少なくとも菅さんが退陣表明される前の支持率よりは確実に上がる。この集合知、この権力維持への力について、野党こそがこれをどう見るべきか、ではないかと思います。

──総裁選挙が自民党のエネルギーの源になっているわけですが、確かにメディアがこんなに取り上げなければ、そのエネルギーもないと思います。大島さんはテレビマンでもいらっしゃるので、その辺りはどうお考えですか。

大島:これはほんとに悩ましいところですね。最近は元テレビマンみたいになっちゃっていますが。昔の仲間や各局の情報番組の人たちに聞いても、政治を扱う面積は今は特に広いです。小泉政権以降、政治をあれだけワイドショーがやるようになったのは、やっぱり人が見るからやる、というのが彼らの理屈ではあるんです。
じゃあ野党の動きがどうか、というのがテレビにおける商品たり得るのかということにもなるんでしょうね。テレビは悩ましいです。影響力が大きいですし、その積み重ねによっていろんな世論に影響してしまうので、答えの出ない悩ましさみたいなものがありますね。

──衆院総選挙では野党連合も組みました。

大島:さっきの集合知の話に戻りますが、当然野党はやるべきなんです。でも、それがうまくできないのが左派の内ゲバ体質というか。自民党の人たちは、全然考え方は違うのに権力維持するためには一致団結できちゃう。野党はそこが難しいところですよね。

──なぜ野党は内ゲバ体質になってしまうんでしょう?

大島:前に小川さんとも話したことがあるんですけど、保守政党は、培われてきたものを現状維持しつつ時代に合わせて微修正していく考え方の人が多いから、基本的には社会が大きく変わる必要はないんです。ただ、野党から出ようとする人はあまり地盤・看板もなくて、だけど強い意志を持って出る。2世、3世も少ないし、何かを変えたいという強い意志を持ち、いろんなことを投げ打って出馬してる人が多い。理想も高い。小川さんもそうなんです。頭がいい人も多い。こうなってくると、やっぱり“自分”が強いんですよね。だから、小さな差異が許せなくなるところがあるのかなという気はします。
保守というのは理屈ではなく、培われてきたものを大事にしようという考え方が中にあると思うんで、そこで一致団結しやすいのかなという気はしますね。

──小さな差異というと、『なぜ君』で2017年の選挙の際に、小川さんの表情がそれまでと変わって見えたんです。小さな差異が許せない気持ちが顔に出ていたのかな、と思います。あの経験はやっぱり小川さんをかなり強くした……。

大島:と思いますね。して良かった経験だったかどうかは分からないですけれども、やっぱりあれも野党らしいというか。本当に望んでない選挙戦になってしまったのは間違いないと思います。だからこれを繰り返してはいけない、とはっきりと思っているでしょうね。

大島新

──『なぜ君』では、小川さんが50歳という年齢にこだわっていたのが印象的でした。

大島:真面目なんですよね。真面目なので、自分がかつて言ったこと、理想としていたことにちゃんと準じなければいけないという思いがあるので。
ただ私は「50歳を過ぎたら引退」というのは、「いい仕事をして」という前提だったと思います。本人は、今は野球でいえば延長戦のようなつもりでやると言ってるし、覚悟を決めてるんだと思います。

──最初は人物ドキュメンタリーとして小川さんを撮り始めたわけですが、『香川1区』の後も追い続けたいとお考えですか?

大島:やってみないと分からないかな。交流がなくなることはないと思うんですけども、じゃあずっと取材対象になるか、そこはまだ分からないですね。さっきも申し上げた友人となってしまっている人を被写体にする難しさは感じますし。いわゆる政治家の番記者みたいなつもりはないんです。小川さんの隣の席の椅子取りゲームをしているわけじゃない。そういう気持ちは全くないので、このままずっとやってるのもどうなのかな、と。特にドキュメンタリーの作り手としてはそう思いますね。人間関係はもちろん続くと思うんですけど。

──その距離感がすごく興味深いものを生み出していると思います。

大島:ありがとうございます。

(text:冨永由紀/photo:小川拓洋)

大島新
大島新
おおしま・あらた

1969年生まれ、神奈川県出身。95年、フジテレビに入社し、『NONFIX』『ザ・ノンフィクション』などドキュメンタリー番組のディレクターを務め、99年に退社。以後、フリーで活動。MBS『情熱大陸』、NHK『課外授業ようこそ先輩』『わたしが子どもだったころ』などを演出。
2007年、ドキュメンタリー映画『シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録』を監督、第17回日本映画批評家大賞ドキュメンタリー作品賞を受賞。09年、映像製作会社ネツゲンを設立。16年、映画『園子温という生きもの』を監督、20年に映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』を監督、第94回キネマ旬報文化映画ベスト・テン第1位となり、文化映画作品賞を受賞。同年、日本映画ペンクラブ賞文化映画部門2位、第7回浦安ドキュメンタリー映画大賞2020大賞、日本映画プロフェッショナル大賞特別賞を受賞。