『ベルファスト』ケネス・ブラナー監督インタビュー

愛と笑顔と興奮に満ちた日常から一変、激動の時代に翻弄される故郷

#インタビュー#ケネス・ブラナー#ベルファスト

親しんできた隣人たちが暴徒化、暴力と恐怖が街全体を覆い尽くす

『ベルファスト』2022年3月25日より全国公開
(C)2021 Focus Features, LLC.

激動の時代にゆれる「家族」と「故郷」を描いた笑いあり、涙ありの人生賛歌『ベルファスト』が、3月25日より全国公開される。

本作品は、北アイルランド・ベルファスト出身のケネス・ブラナー(製作・監督・脚本)が、自身の幼少期を投影した自伝的作品だ。9歳の少年バディの目線を通して、愛と笑顔と興奮に満ちた日常から一変、激動の時代に翻弄され様変わりしていく故郷ベルファストを克明に映し出す。

あどけなさの残る9歳の少年バディを演じたのは、本作品が長編映画デビューとなるジュード・ヒル。邪気のない自然な存在感でこの物語をまぶしく輝かせる。出稼ぎで家を空けがちな父を演じるのは、『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』(15年)の若富豪クリスチャン・グレイ役で一躍注目を集めたジェイミー・ドーナン。本作品では、金にはだらしないが家族を愛し守り抜く強い父親となる。気丈で美しい母には、モデル・女優として活躍するカトリーナ・バルフ。厳しさのなかにセンシティブな一面をあわせ持ちながら、母親として妻として家族を正しく導いていく。

舞台となるベルファストは、住民が皆で笑い、支えあい、全体が家族のような街。その街がある日突然分断されるところから物語は始まる。親しんできた隣人が暴徒化し、いつ勃発するともわからない暴力や恐怖が街全体を覆う。不穏と平穏のはざまで、愛する家族を守ろうと苦悩する父と母、時の流れにどっしりと身を委ねる祖父母(ジュディ・デンチ)、そして、未熟の殻を破り大人へと転換していく少年の成長が実にエモーショナルに描く。

自身のルーツへの郷愁とリスペクトを、笑いあり涙ありの人生讃歌へと見事に昇華させたブラナー監督にインタビューを行った。

・今オスカーに一番近い作品『ベルファスト』ケネス・ブラナー監督が故郷と自身の幼少期への思い込めた本作を語る

──この作品を撮ろうと思った動機を教えて下さい。

監督:1960年代の終わりにベルファストは激動の時代を経験した。ドラマチックで、しばしば暴力的な時の流れに私と家族は巻き込まれた。その頃のことをどう書くのがいいのか、私がどんな描き方をしたいのかを理解するまでに50年かかった。難しく考える必要はないと気づくまでに長い時間がかかったが、何年もの時間を費やして得た結論が、目的を明確にしてくれた。私の幼少期の経験が元になっているが、子どもの無邪気さを失い大人へと成長していくという、誰もが人生で経験する転換期を描いた物語になった。

あの午後、スローモーションのように世界がひっくり返る瞬間を見た。聞いたことのない音がして振り返ると、向こうに暴徒の姿が見えた。その瞬間から、世界は永遠に変わってしまったんだ。そして、過激さは違えども、世界中の人が同じような転換期を経験しているはずだと思ったんだ。

──パンデミック後、最初のロックダウンが始まった頃に脚本を書き始めたそうですね。

監督:ストーリーを練っているうちに、これは困難に直面し選択を迫られた一家の物語というだけではなく、ある種の“ロックダウン”を描いた物語でもあるということに気がついた。街の通りはバリケードで封鎖され、規制が厳しくなっていく中で、一家は街に留まるべきか去るべきかの選択を迫られる。行動が制限され、自身と家族の身を案じることを強いられた現代のパンデミックにも通じるものがあるんだ。

──自伝的作品とのことですが、どの程度ご自身の体験が反映されているのでしょうか?

監督:自分の人生に基づき、ある程度フィクションを交えるスタイルを取り入れた。少年バディは幼い頃の私ともいえる架空の人物で、この映画には彼の目線を通して見た世界が描かれている。バディは映画やテレビで見たもの、彼自身の妄想を介して人生を理解しようとする。私自身が大画面の映像を見ていろんな妄想を膨らませて育ってきたから、バディにも同じ体験をさせたかったんだ。

バディは西部劇が大好きで、ベルファストにはどこか西部劇の町を思わせるところがあった。脚本を書いていて、バディが考えた西部劇を書いているような気分になることがあった。彼が見ていた映画には英雄と悪者や善と悪がはっきりと描かれていたから、バディは同じ通りに住む男が人を殴るのを見て、そいつは悪者で銃を持っているかも知れないとまで考える。でも、それはあくまでもバディが頭の中に思い描いた話であって、実際はそうだったとは限らないんだ。

50年という時間を経て考えてみると、バディが見たものと私が見たものが同じだとは言えない。でも、そこから湧き上がってくるものには、確かな真実が含まれている。多くのドラマにおいて言えることだと思うが、“本物”からしか生まれてこないものがある。この映画の場合は、すべてが9歳の少年の想像力を出発点に描かれているというだけだ。

映画を見る人にはバディの物語を楽しんでもらいたい。ベルファストの魂と生命力、そして人生を明るくしてくれるようなユーモアを感じ取ってもらえることを願っている。この街の喜びや悲しみ、一家が経験する出来事を見て、親近感を覚え共感し、他者の人生を見つめることで、私たちは独りじゃないんだと感じてほしい。この映画を見て、そんなふうに感じてもらえたら本当にうれしく思う。

子どもらしさを捨てざるを得ない瞬間を演じる子役の姿に感動

──ロックダウンの後、撮影再開の許可を最初に得た作品だと聞きました。

監督:外との接触が絶たれたことで、本作品に必要な家族の絆がすぐに形成されたことは、メリットの1つだった。ジュード・ヒル(バディ)とルイス・マカスキー(ウィル)はすぐに本物の兄弟のようになれたし、彼らはモイラを演じたララ・マクドネルともすぐに仲良くなったよ。

──主人公のキャスティングについて教えて下さい。

監督:最も重要だったのは、ほぼすべてのシーンに登場する9歳のバディ役だった。彼の物の見方、そして想像力はこの映画の要となっている。本編の中で「子どもじみたことはしまい込め」と言う大臣のセリフが登場するが、私は子どもらしさを捨てざるを得ない瞬間を演じる子役の姿に、いつも感動させられてきた。

ジョン・ブアマン監督の『戦場の小さな天使たち』(87年)では、幼少期を加速された子どもたちの背景として空襲が描かれている。スティーヴン・スピルバーグ監督の『太陽の帝国』(87年)でクリスチャン・ベイルが見せた演技は、息をのむほどすばらしかった。ルイ・マル監督の『さよなら子供たち』(87年)は子どもたちの姿に胸を締めつけられる作品だ。どれも、それぞれの監督にとって、とても個人的な作品だということが伝わってくる。どうしても伝えたいという思いがこもったそれらの作品は、本作品に大きな影響を与えている。

ジュード・ヒルには今にも開花しそうな才能が感じられたが、彼は普通の子どもでいることも楽しんでいた。彼にとって、サッカーをすることは映画を作ることと同じくらい大切なことで、我々はまさにそんな子を探していた。とはいえ、彼の仕事に対する姿勢は真剣で、いつも準備は万全だったし、とても素直だった。ありのままでいてほしかったが、演技の細かな注文には応じてほしいというおかしな要求をしたにもかかわらず、彼は見事に期待に応えてくれた。何にでも柔軟な対応ができ、カメラの前でも自然体だったから、これが初めての映画だなんて信じられなかったよ。

──大人の出演者に関しては?

監督:母親を演じたカトリーナ・バルフはアイルランド出身だ。国境近くで育ったから、土地柄やアイルランドの拡大家族に関する理解がある。父親役のジェイミー・ドーナンはベルファスト出身で、正真正銘のベルファストっ子だ。バディの祖父ポップを演じたキアラン・ハインズもベルファスト出身で、私が住んでいた所から2キロも離れていないところで育った。

ジュディ・デンチの母親はダブリン出身だから、彼女にもアイルランドの血が流れている。どちらにせよ彼女はどんな役でも入念にリサーチして演じきる名女優だ。みんなの意欲的なところが気に入ったし、すぐに本当の家族のようになれた。

──なぜモノクロ映画にしようと思ったのでしょうか?

監督:私はモノクロ映画とカラー映画の両方を見て育った。シルクやサテンのように滑らかな質感のあるモノクロ映画を“ハリウッドのモノクロ映画”と呼ぶことは後から知ったが、登場人物がみんな魅力的に見えた。9歳の少年にとって、親という存在は実際よりもかなり美化されて見えるものだから、その手法を採用したんだ。モノクロ映画はあらゆるものを実際より劇的に見せる効果がある。

アンリ・カルティエ=ブレッソンなどのモノクロの報道写真には、私たちが普段見ている世界とは見え方が違うのに信ぴょう性を増す力がある。想像力を必要とする詩的な手法を用いることによって、生々しさをより引き立てるという面白い手法だ。この物語の表現方法の1つに“ハリウッドのモノクロ映画”の手法を取り入れることで、平凡な世界を魅力的に見せることができると思ったんだ。

──サントラに参加したヴァン・モリソンは憧れの人物だったそうですね。

監督:私がバディと同じ年頃の時、ヴァン・モリソンはすでにベルファストの英雄的存在だった。フォーク、ソウル、カントリー、ジャズ、ロックを織り交ぜたような勢いのある音楽で、ちょうど彼の歌声が世界を魅了した時代だった。

当時、ルビー・マーレイはすでに人気があって本作品でも少し流れるが、ヴァンは時代の先駆者で、彼の音楽は廃れることのない名曲になっていった。彼は街の“ごろつき”が作った音楽だなんて言っていたけど、それこそ『ベルファスト』の街で生きる人々の人生にぴったり寄り添う音楽だと思った。

「サイプラス・アヴェニュー」や「マダム・ジョージ」など、彼の音楽にはベルファストにまつわる場所や人物が描かれている。彼の音楽には彼のふるさとがあるんだ。地域の中で成長していった少年の人生を描いた映画、その名も『ベルファスト』で、彼の音楽を使えるなんて不思議な縁を感じたし、作品にとってすばらしい贈り物をもらったような気持ちがしたよ。

ケネス・ブラナー
ケネス・ブラナー
Kenneth Branagh

1960年12月10日生まれ、北アイルランド ベルファスト出身。RADA(王立演劇学校)を首席で卒業後、23歳でロイヤル・シェイクスピア・カンパニーへ入団、数多くの舞台に立つ。BAFTA(英国映画テレビ芸術アカデミー)より名誉あるマイケル・バルコン賞を贈られたほか、アカデミー賞では5つの異なる部門でノミネート。13年には、演劇界ならびに地域への貢献を称えて北アイルランドからナイトの爵位を受けた。主な監督・出演の映画は、『ヘンリー五世』(89年)『愛と死の間で』(91年)『から騒ぎ』(93年)『フランケンシュタイン』(94年)『ハムレット』(96年)『エージェント:ライアン』(14年)『オリエント急行殺人事件』(17年)。監督した主な映画作品は『マイティ・ソー』(11年)『シンデレラ』(15年)『アルテミスと妖精の身代金』(19年)。主な出演映画に『オセロ』(95年)『相続人』(97年)『セレブリティ』(98年)『ワイルド・ワイルド・ウエスト』(99年)『ハリー・ポッターと秘密の部屋』(02)年『ワルキューレ』(08年)『マリリン 7日間の恋』(11年)『マインドホーン』(16年)『ダンケルク』(17年)『オリエント急行殺人事件』(18年)『シェイクスピアの庭』(18年)『TENET テネット』(20年)などがある。22年公開予定の『ナイル殺人事件』では製作・監督・主演を務める。