1941年6月29日生まれ、東京都出身。1960年に松竹音楽部用学校を首席で卒業し、松竹歌劇団(SKD)へ入団。翌61年、松竹にスカウトされ、映画『斑女』でデビュー。63年の主演映画『下町の太陽』で主題歌も歌い、同曲でレコード大賞新人賞を受賞。『男はつらいよ』シリーズ全作に、さくら役として出演。70年に第21回文化庁芸術選奨文部大臣賞を受賞したほか、『家族』『男はつらいよ 望郷編』でキネマ旬報女優賞、毎日映画コンクール女優主演賞を受賞。80年には『遙かなる山の呼び声』『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花』で第4回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞した。そのほかブルーリボン賞など数多く受賞し、2005年に紫綬褒章を、13年には旭日小綬章を受章。近年の映画出演作は『小さいおうち』(14)、『初恋〜お父さん、チビがいなくなりました』(19)、『461個のおべんとう』(20)、『Arc アーク』(21)。声の出演で『ハウルの動く城』(04)など。歌手としても、毎年のバースデーコンサートを中心に活動している。
『PLAN 75』早川千絵監督×倍賞千恵子インタビュー
カンヌで新人賞受賞、命の意味を問う問題作の主演&監督を直撃
“死”とは“生きること”(倍賞)
少子高齢化が進む近い将来の日本で、満75歳から生死の選択権を与える社会制度〈プラン75〉が施行された。年齢によって命を線引きする非情な制度の当事者、関わる人々の葛藤を描く『PLAN 75』は、2018年に是枝裕和監督が総合監修を務めたオムニバス映画『十年 Ten Years Japan』に収められた短編『PLAN 75』の早川千絵監督の初の長編映画だ。登場人物や物語を一新し、より深く真摯に「生きる」というテーマが描かれる。
5月に開催された第75回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に正式出品され、カメラドール(新人監督賞)のスペシャル・メンション(特別賞)を受賞した本作について、早川千絵監督と主演の倍賞千恵子に話を聞いた。
・ジブリの鈴木プロデューサー、高齢者が死の選択迫られるこの役は倍賞千恵子さん以外考えられない
早川:私は10年ぐらいニューヨークに住んで、2008年に帰国したのですが、当時日本では自己責任論という考えが大きくなっていました。特に、社会的に弱い立場にいる方たちへの圧力が厳しかった。みんなが生きづらい社会になっていくのを年々感じていた中、2016年夏に相模原の障害者施設で事件が起きました。ものすごい衝撃を受けると同時に、こういう社会で起こるべくして起こった事件ではないかと思い、「プラン75」という設定を思いつきました。このままでは、こういうことが本当に日本で起きてしまうかもしれないと思ったのがきっかけでした。
早川:短編は問題提起とインパクトの強さを重視して作りましたが、長編で同じことをやると、つらくて見ていられない。最後に希望というか、もっと強いメッセージを出したい。見ている人を怖がらせるだけじゃなくて、生きることを肯定するメッセージを入れたいと思った時に、「かわいそうだな」と同情するのではなくて、見ている人が感情移入して「この人に生きてほしい」と自然に思えるような人間的な魅力がある主人公にしたいと考えました。
すると倍賞さんのことがすぐに浮かんで。ミチは倍賞さんだと思った時、役が転がり出しました。
倍賞:脚本をいただいて、読み始めて最初は衝撃を受けましたが、読んでいくうちに、どんどん惹かれていって。終わり方がすごく好きで、引き受けさせていただこうかなと思いまして、一度お会いしたいと私が言って、お目にかかりました。
倍賞:今はみんなマスクをしてるから、お顔の全体像があまり分からない状態でお会いしましたけど、すごく真面目そうな方だと思いました。
たまたま、生きることとか死ぬことを考えたりしていた時期だったんです。お蕎麦屋さんで時々お会いする近所のご住職に「死とはどういう事ですか」と聞いてみたら、ご住職は「生きることですよ」とおっしゃったんです。「そこまでどう生きるかということなんです」って。ああ、そうだな、と思いました。みんな、いつかどこかで死ぬ。だったら、そこまでをどんなふうに生きるかということなんだと思って。この台本も読ませていただいたとき、ミチも自分がどう生きて、どう死ぬんだろうって考えながら生きていく人なんだろうなと思ったし、監督ともその時そんなお話をしました。
倍賞:マスクをしてたから、分からないと思う(笑)。
早川:(笑)マスクをしていらっしゃいましたけれども、思っていたとおりの方でした。倍賞さんの著書を読ませていただいていたので、想像していたとおりの倍賞さんがいらっしゃる、と思いました。
この映画とは全く別の、倍賞さんが出演された作品のお話も聞きました。『故郷』や『家族』(共に山田洋次監督作)の話を伺えたのも興奮しました。お会いして、ミチという役を倍賞さんに引き受けていただくことで、この映画が本当に生きる、ということを確信した日でした。
早川:倍賞さんからにじみ出てくるものがあったんじゃないかと思います。職場のロッカーで荷物を整理する時に、きれいに拭いて「ありがとうございました」と言う場面がありますが、あれは私の演出ではなくて倍賞さんが自然にやられたことです。私の好きなシーンですが、本作の編集を手掛けたフランス人のアン・クロッツも「このシーンがすごく好き。本当にいい」と言っていました。
倍賞:たまたまやってたら、そうなったのね。
早川:ミチはそうするだろうなって本当に納得します。
倍賞:そう。ミチはそうしましたよね、きっとね。
倍賞:分からない。出てくるときもあるだろうし、出てこないときもあるだろうし。ただ、あのシーンはそうなったんですよね。長いこと働いてきた場所で、自分のもう一つの部屋みたいなものだから、きちんときれいにして帰らなきゃ。もう二度と会えないし、と思ったら、何かそうなったのね。
倍賞:あれは監督の案です。あれはすごいなと思いました。1回洗って拭いて置いてあったんだろうけど、いろんな思いがあって、もう一度拭く。それなら、拭き方が違うな、と演じていて自分でも思いましたね。
早川:あれは倍賞さんにお会いした後から足したセリフです。
早川:あの歌がもともと好きで、歌詞に「明日また会いましょう」とあって、明日も生きる、というふうに取れると思いました。夕日のシーンもあるので、「沈む夕日」という歌詞もぴったりだと思って。
倍賞:昔ちょっと聞いたことがあって、その後にいろいろな方が歌われるのを聞いて、いい曲だなと思っていました。今度、私のコンサートでも歌うんです。
倍賞:そう? よかった。監督には「下手に歌ってください」と言われました(笑)。
早川:下手に歌うのって難しいですよね。
倍賞:でも本当に難しくて。2度目に歌う場面は息遣いも細かく指示していただいて。こう歌えばよかったかな、と後から思ったりもするけど、あれでいいのかな。
早川:素晴らしかったです。
プラン75が本当に施行されそうな風潮に警鐘を鳴らしたい(早川監督)
倍賞:私もそう思う。台本では描かれているものも、監督はずいぶんカットされていました。「もっと説明してもよかったんじゃない?」と思うくらい。俳優さんたちも大変だったと思う。何も言わないでいるということの難しさをとても思いました。思っていることを何も言わないで、ただそこにいるだけで表現するには、自分の肉体がそうなってないと表現できないから。そこが難しかったかな。
倍賞:そうですね。やりながら、いろんなことを思うし。思ったって、そうそう出るものじゃないし。自分の中の全部を、肉体を、そこに捧げないと出てこないかな。
早川:私自身がそういう映画が好きであるということと、普段の生活で「あれ? これどういうことだろう」と思いながら流してしまうことがありますが、それが日常じゃないかなと思っているんです。全部セリフで説明すると、想像する余白がないのがもったいない。見る人が自由に受けとめることも映画を見る楽しみの一つだと思うので、敢えてそうしました。
倍賞:ものすごく優しいし、厳しい。何か違うなと思うと、こちらに来て「このシーンのミチは、こんなふうに思ってるんです」と説明してくださる。聞いてるうちに、だんだんそこに入っていける。問題がないときは何もおっしゃらないけど、どうしてもここは強く出したいとか、違うと思われた時は、すぐに来てくれて丁寧に説明してくださる。それはとってもありがたかったですね。
早川:でも、ほとんど何も言うことはなかったです。倍賞さんお1人のシーンはワンテイクOKがほとんどでした。それが本当にありがたかったですし、安心していました。
撮影していて、倍賞さんの方が分かっていらっしゃると思う瞬間もありました。私があるシーンを撮るのをやめようと思った時に「カットしないほうがいい」とおっしゃってくださって、実際に撮ったら、すごく良いシーンだったことがあります。自分の中でうまく撮れるだろうか、成立するだろうか、と不安になったシーンの時も、倍賞さんが「やりましょう」と言ってくださって。
倍賞:メイクさんもそのために、いろいろ考えてくれたシーンだったんです。ちゃんと作って、「監督、できます。大丈夫です」と一回やって見せて。
早川:そうです。今お話ししたのは、2つとも本当に強いシーンだった。倍賞さんのおかげで重要なシーンを失わずに済みました。
倍賞:とんでもないことを申し出ちゃって、申し訳なかったです。そんなことやってよかったのかなと思って。監督の意向と違ってなきゃいいなと。
早川:いえいえ、本当に助けられました。どちらの撮影も一発OKの素晴らしいシーンでした。
倍賞:初めてだったの。
早川:そうですか。
倍賞:あんまり変わらないと思う。監督は監督。女性だろうと男性だろうと、変わらないです。
倍賞:それは今回の現場でも思いましたね。私が松竹に入った1960年代はメイクさんにも男性が結構いたんです。男性は男性を、女性は女性を、と担当が分かれてたのね。今は男性が女性のヘアメイクをやるし、女性が男性もやるし。女性が増えてきたのは、いいことですよね。仕事ができるんだったら、どんどんやるべきだと思う。
早川:私が10代、20代の頃は女性監督は本当に少なかったです。いろいろな人に「女性でも監督になれますか」と聞いていたのを覚えています。当時は、女性であることがすごいハンディだと思っていました。
今の若い世代は、かつての私のようには思わなくなっているでしょうし、それはすごく良いことだと思います。とはいえ、まだまだ男性の多い業界です。各会社のトップは男性ですし、大きな映画を手がける監督もほとんど男性ですし、まだまだ変わっていくべきところはあると思います。
もう1つ、映画の労働環境が全てのスタッフにとって過酷過ぎることが大きな問題だと思っています。若い人が業界に入ることを躊躇したり、特に女性は子どもを持つと仕事を辞めざるを得ないという人が多く、いくら能力のある女性がいても仕事を続けられないというのは本当に残念なことです。映画業界に限らず、男女格差のある状況は変えていかないといけないと思っています。
早川:プラン75を運営する側、市役所やプラン75の施設は無機質な感じにしたいと思いました。逆に、ミチや他の高齢者の住むところとかは温かみのあるものにしたいと思い、美術スタッフと話し合いました。
倍賞:とってもよかった。ミチの住んでるアパートの隅々まで。カーテン一つにしても、置いてあるものにしても、みんなそれぞれちゃんと意味があって。そういうのって、画面見ると分かるものね。
早川:美術の塩川節子さんが、絶対に映らないようなところまでも細かく丁寧に作り込んでくださいました。古いボールペンに輪ゴムが引っかかっていたり、どこの家にもありそうな薬の箱が置いてあったり、リアルに作り込んでくださって。
倍賞:年季の入ったお茶わんもそうでしたね。ベランダに干してあるハンガーにしても、ああ、ミチならこういうふうに干すなって。
早川:あれはタイトルデザイナーの方のアイディアで、とても面白いと思いました。75という数字は、ここでは75歳以上を意味していますが、幾つにもなり得る。65歳、50歳、もしかしたら40歳になるかもしれない。あなたの問題かもしれませんよ、と他人事ではないというメッセージです。もう1つは、対象となる人はその制度ができたことによって、いきなり存在が危ぶまれることになるという、その危うさと恐ろしさが、ぼやけたロゴに出ていると思います。
倍賞:命を粗末にしちゃいけない。いただいた命を全うして生きなきゃいけないと私は思う。
早川:そういうことです。本当にそう感じてほしいと思います。
倍賞:今、世の中でいろんなことが起きてるでしょう。人が人を殺しちゃいけない。戦争は絶対いけないと思う。それはもちろんだけど、まず自分で自分の命を粗末にしちゃいけないと思う。死があるんだったら、そこまではいただいた命を大切にちゃんと生きたほうがいいんじゃないかと私は思う。
この作品に出させていただいて、大切に生きなきゃいけないなって、つくづく思いました。もちろん見るときはどんな風に想うかは自由ですけど、基本はそうだと思いながら見ていただけたらなぁ…と。でも、そんなふうに生きられない人もたくさん、いることはいるのますよね。いろんなことがあって。でも命って、もう一回ちゃんと見つめてみましょうよ、と私は言いたい。
早川:自分の子どもの頃は、戦争についての教育を受けたり、テレビや映画で見る機会が多かったので、人の命が大事であること、生きているというのがものすごく尊いことだと、社会がごく普通に受け入れていました。それが現代では、コンピュータのようにイエスかノーで割り切って、全てがとても分かりやすく答えが出るのが普通の社会になっています。ただ、生死の問題は、そんなにはっきり割り切れることじゃないと思うんです。それをはっきり割り切れるかのように考え始めると、プラン75のような制度が本当にできてしまう気がしていて。
あまりにも簡単に答えを出そうとする風潮に対して、警鐘を鳴らしたい気持ちがあります。脚本を書いてる時も悩み続けましたが、簡単な解決策は分からないけれども、有無を言わずに、生きていることを肯定したい、人に生きてほしい。そんな願いを込めました。
(text:冨永由紀/photo:小川拓洋)
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