『メタモルフォーゼの縁側』宮本信子インタビュー

これからもやりたいと思うものを、ちょっとずつ積み上げていきたい

#メタモルフォーゼの縁側#宮本信子

メタモルフォーゼの縁側

「女優は変身するのが仕事なんです」

『メタモルフォーゼの縁側』2022年6月17日より全国公開
(C)2022「メタモルフォーゼの縁側」製作委員会

引っ込み思案で周囲に馴染めない17歳の佐山うらら。夫に先立たれ、これといった趣味もなく日々を送る75歳の市野井雪。何の接点もなかった2人は、偶然にも同じボーイズ・ラブ(BL)漫画のファンであると知って意気投合する。

「このマンガがすごい!」「文化庁メディア芸術祭 マンガ部門」など数々の賞に輝いた傑作漫画を実写映画化した『メタモルフォーゼの縁側』。年齢や立場など関係なしに、好きなものを語り合う喜びを噛みしめ、それぞれ影響を与え合って新しい世界を切り拓いていく年の差58歳の友情を、芦田愛菜と共に演じた宮本信子に話を聞いた。

宮本信子が変身したいのはスターウォーズのヨーダ!「世の中が平和になるように…」

──歳の離れた2人の友情がとても素敵でした。鶴谷香央理さん原作の漫画をもとに岡田惠和さんが脚本をつくられましたが、脚本を読んだ感想をまずお聞きしたいです。

宮本:ありがとうございます。岡田さんの脚本の作品にはもう何本も出演させていただいていまして。そのたびに思うことは、岡田さんのセリフってほんとに素敵だということです。平らな……と言うかな、使うのは普通の言葉なんですけど、優しくてね。登場人物のその人でなくちゃいけない、いいセリフをいっぱい言わせていただいていますので、いつも楽しみにしております。

──他人が書かれたセリフであるはずなのに、聞いていると、その人の言葉として本当に自然に入ってきます。

宮本:いいセリフ言うのは、俳優にとっては本当にこの上もない幸せなんですよ。だから岡田さんの脚本は大好きです。

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──ところで今日のお姿は、私たちがよく拝見する宮本さんでいらっしゃいますが、映画の中ではいつもと全然違う様子でした。

宮本:女優は変身するのが仕事ですから(笑)。いつもそれをやっていて、毎回どれぐらい変身できるか、と。役によって、こう違った、今度はまた違うんだ、とおっしゃっていただけるのは本当に嬉しいし、喜びでもあるんです。
今回のストーリーは、クライマックスがワッとくるようなものではありませんから、本当に細かいところの積み重ねが大事だと思っていました。

──雪さんの持ちものなど、宮本さんが持っていらしたものがあるとお聞きしました。

宮本:はい、全部が全部ではありませんけど。あれはね、母のものなんです。雪さんは書道教室をやっているでしょう。実は、私の母は60からお習字を始めたんです。父の字が上手だったんでしょうね。手紙とかで、ああいう字を書きたい、と習い始めたんです。お弟子さんは取らないけど、師範まで免状をいただいて、毎日2時間は練習していましたね。そういうところが雪さん的というか……雪さんほど行動力はないんですけど、母を少し重ねていました。目立つのが嫌いで、控えめで地味なんですけど、やるべきことは全部ちゃんと責任を持ってやる性格の人です。戦争を経験して、物のない時代も知っていますし。だから、母のものがぴったりだと思ったんです。新しく用意した小道具ではなくて、長年使っていたものですから。

──実際に年月を重ねて大事に使われてきたものは違いますね。

宮本:そうなんですよ。新しいものに汚しをかけても、やっぱり使ってないものはダメですね。命ではないけど、その物が生きていないというか。俳優はやっぱりそういうものに助けてもらうんです。雪さんがいつも持っている網のバッグなんかも、他のも用意してありましたが、変えずに「これでいいじゃない。ずっとこれで行きましょう」ってなっちゃう。

──1つのものを大切に使うというのも雪さんらしいですね。

宮本:そうですね。そういうところが雪さんと母に通じるところがあったので、ちょっといろいろ持っていってみました。

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「見た人の将来を明るくするのが、映画の役目」

──雪さんとうららの友情は、BLという共通の趣味で意気投合して何時間でも話し込める一方で、ベタベタ過ぎない。あの関係をどう思われますか?

宮本:いい距離だと思います。それだけではなくて、お互いに情があって……。愛情なんですね。自分をわかってくれる。雪さんのことが好き、うららさんのことが好き。雪さんの言うことなら何でも聞けそう。うららさんの言うことなら、雪さんも「そうね」って言いそう。そういう関係で、しかも背中を押す。

──その押し方がすごく優しいですね。「行きなさいよ!」みたいな強い感じではなくて

宮本:「ダメじゃないの!」とかね(笑)、そんなこと言いませんから。親ならそう言うんですよ。イライラするから。「ちゃんとしなさい」とか(笑)。雪さんは言わないわね。

──やっぱり年長者であっても肉親とは違う点でしょうか。

宮本:雪さんの性格がいいんでしょうね(笑)。

──その辺りは、この2人の関係に限らず、友情を保つ秘訣かと思います。

宮本:友情って、やっぱり両方で思い合わないとね。片方だけ思ってもね。恋愛もそうだけど、やっぱりダメですよね。付き合いを続けているうちに、そういうものがどんどん積み重なっていく。深くなっていくということですから。初めからあるわけではないんですよ。

──でも、雪さんとうららの友情はあっという間に深まりました。

宮本:だからBLですよ、BL(笑)。あれにはまっちゃってるから。話したいんですよ。もう夜を徹してでも話したいんです。本当にウキウキしていて、『あの歳になって、そんなに夢中になるものがあって。雪さん、よかったわね』と言いたくなるくらい(笑)。

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──宮本さんご自身はどうですか?

宮本:私はウキウキするものがありますから。歌を歌ったり、いろいろあります。だから、雪さんの立場を想像すると、BLと出会えてよかったですよ。

──冒頭に登場する寂しそうな姿からの変化も鮮やかでした。

宮本:そういう人なんです。やっと日常に小さな花が咲いて。うららさんと出会って話してるうちに、その花がどんどん大きくなっていく。BLの登場人物2人の関係がうまくいくと、ハイタッチなんかしたいぐらいですからね。

──私は、主人公2人の中間くらいの年齢で、字は違いますが、名前も「ゆき」なので、この作品はどこか自分の将来を明るく見るような楽しさがありました。

宮本:まあ、それは嬉しいですね。この作品から元気をもらったり、「大丈夫よ」と言われたり……そう思ってもらえたらいいですよね。それはやっぱり、映画の務めだと思う。

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──芦田愛菜さんとは10年ぶりの再共演だとお聞きしました。

宮本:もう立派なお嬢さんになられてね。

──前回、芦田さんはまだ小学生でした。

宮本:だから、あんまり覚えてないんですって(笑)。あの時は7歳でしたけど、2、3歳から仕事してるんですってね。芸能界でずっとやってきているわけだから、すごいなと思いますよ。

──芦田さんとは主題歌「これさえあれば」でデュエットもされています。「うららと雪」とクレジットされていますが、劇中とはまた違う雪さんが現れたようでした。

宮本:飛んでいましたね(笑)。主題歌を歌ってくださいと言われて、びっくりしちゃって。ああいう歌を歌ったことないですし。

──アドリブで歌っていらっしゃるところがかっこよかったです。

宮本:ありがとうございます。ジャズライヴをやっているから、そういうものも勉強になっているのかもしれませんね。楽しく歌っているだけなんです。あの歌も楽しく歌おうと思いました。レコーディング前にレッスンしたんですけど、調子がちょっと暗めになると、先生が「信子さん、もっと明るくやって。いつものようにライヴのように」と言われて。踊りたくなるような、そんな感じを目指しました。

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──3月に田中絹代賞を受賞されました。表彰式で「田中絹代さんから『頑張りなさい』とおっしゃっていただいた気がします」とお話になりました。是非そうしていただきたいと思います。お仕事を決めるとき、基準はどういう点でしょうか。

宮本:ありがとうございます。もうずっと若い時からそうなんですけど、まず直感。やりたいか、やりたくないか。本の内容とか、それは直感でわかりますよね。どなたが監督か、あとはやっぱり脚本は大事。脚本は基本です。
やりたいと思うものを、数少なくてもいいから、ちょっとずつ積み上げていきたい。「ちょっとくたびれたから、休みましょうか」なんていう時もあるかもしれないけど(笑)、仕事は好きですしね。大好きなんです。

(text:冨永由紀/photo:谷岡康則)

宮本信子
宮本信子
みやもと・のぶこ

1945年3月27日生まれ、北海道出身。1964年、劇団青芸「三日月の影」で初舞台。1985年、『お葬式』で第8回日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞。1988年、『マルサの女』でシカゴ国際映画祭最優秀主演女優賞、第11回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、第61回キネマ旬報主演女優賞などを受賞。数多くの映画、舞台、TVに出演し、歌手としてJAZZ LIVEにも出演する。近年の出演作は『坊ちゃん』『奇跡の人』『氷の轍』(3作とも16年)、連続テレビ小説『ひよっこ』(17年)、『この世界の片隅に』(18年)、『あの家に暮らす四人の女』(19年)などのドラマ、映画は『いちごの唄』(19年)、『STAND BY ME ドラえもん2』(20年/声の出演)、『キネマの神様』(21年)、「春の翼」(NHK/22)などに出演。2014年紫綬褒章受章。第76回毎日映画コンクール田中絹代賞受賞。