『サバカン SABAKAN』大島ミチル(音楽)インタビュー

CGでは描ききれない豊かさが魅力的だった

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大島ミチル

映像全体に人間のエネルギーが満ちているように感じた

1986年の長崎を舞台に、ほろ苦くもキラキラとした少年たちの交感を描いた金沢知樹監督の『サバカン SABAKAN』が8月19日より公開される。音楽を担当したのは『明日の記憶』『ラストラブ』『眉山』『僕達急行 A列車で行こう』ほか数々の映画音楽を手がける大島ミチル。

サバカン

『サバカン SABAKAN』
2022年8月19日より全国公開 (C)2022「SABAKAN」Film Partners

全編にわたって展開される美しいオーケストラ曲が、物語の感動をさらに引き立てている。NYに活動の拠点を置く大島さんにリモートでインタビューを敢行。本作への思いや劇伴の聴きどころなどをうかがった。

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──大島さんがこの作品の音楽を担当されることになった経緯を教えてください。

大島:以前、私がNHKのドラマ(NHK連続テレビ小説『あすか』)のために作曲した「風笛」という曲を金沢監督がお好きだということで、声をかけていただきました。当初はテーマ曲だけを担当する予定でしたが、仮編集段階の本編を見せていただいた時に自然と曲想が湧いてきまして。「もし劇伴の作曲家さんがまだ決まっていないのであれば、私にやらせてもらえませんか?」と、こちらからお願いしました。

──それぐらい映像と物語が魅力的だったのですね。どんなところに惹かれたのでしょうか?

大島:子どもたちの表情がとても豊かで生き生きとしていて、映像全体に人間の持つエネルギーが満ちているように感じました。映像の世界はCGありきの時代になり、仮編集の映像を見せていただくとブルーバックの前で役者さんが演技をされている状態のものが少なくありません。もちろんそういう形で関わらせていただいた作品にも大好きなものはたくさんありますが、この作品ではほとんどCGが使われず、仮編集の段階で作品世界を十分に掴むことができました。登場人物たちの感情や思いが真っ直ぐに伝わってきたんです。

──本作は、金沢監督の故郷である長崎が舞台です。大島さんも長崎のご出身ですよね。キャストの中では「内田のじじい」を演じる岩松了さんも同じく長崎出身です。

大島:そうなんです。長崎が舞台とうかがって、最初は「もしかしたら私が長崎出身だから声をかけていただいたのかな」と思いました(笑)。私の地元はもう少し長崎駅の近くですが、作品の舞台になっている時津町の近辺には親族が暮らしていますので、親近感を持って作曲作業を進めることができました。私自身も子どもの頃は泳ぐことが大好きで、夏は真っ黒に日焼けするぐらい泳いでいましたから、子どもたちがブーメラン島を目指して泳ぐシーンなど、とても懐かしい気持ちになりました。

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──「キン消し」「斉藤由貴」「ガラス玉入りのラムネ瓶」など、本作には1986年という舞台設定らしいディティールがいろいろと散りばめられています。作曲面で大島さんはそういった時代性を意識されましたか?

大島:それはありませんでした。作曲の上で留意したのは、子どもたちの背中を押してあげるような、応援してあげるような劇伴にしたいということでした。

サバカン

──大島さんならではの美しいオーケストレーションが全編にわたって印象的ですが、金沢監督からはどんなリクエストがありましたか?

大島:基本的には自由にやらせていただきました。ただ、終盤のとあるシーンで「クライマックスをどこに置くか」で何度か意見交換をしました。作品の最も大切なシーンですから、監督の頭の中ですべてができ上がっていたのだと思います。細かいところは「お任せします」と言っていただいて、終始楽しく作業を進めることができました。

──大島さんはNYに活動の拠点を置かれていますが、楽曲の録音もNYですか?

大島:今回はハンガリーで、地元のオーケストラにお願いしました。ミックスもハンガリーです。ハンガリーは国として音楽教育が手厚く、読譜力も高いので、映像との精密なシンクロが求められる映画音楽の演奏にとても向いていると思います。今回もとても良い仕上がりで満足しています。ネタバレになってしまうので詳しくはお話しできませんが、個人的には終盤で子どもたちが走り出すシーンの音楽が特に好きです。

──大島さんの理想とする映画音楽とはどんなものでしょうか。

大島:映画としてずっと好きなのは、ジュゼッペ・トルナトーレ監督の『ニュー・シネマ・パラダイス』です。映像とエンニオ・モリコーネの音楽、それに登場人物たちの言葉が一体となっていて、どれが欠けても成り立たないという最高のバランスを保っていると思います。私にとって、ひとつの理想形ですね。映画音楽家として敬愛しているのは、ジェリー・ゴールドスミスです。2004年に亡くなるまで数えきれないほどの映画音楽を書き続けて、名曲として残っている曲もたくさんあります。『トータル・リコール』(1990年版)などの音楽を聴いて私が感じるのは、彼の作曲家としての執着心です。求められているものに対して、いつでも120%で応えるところは本当に素晴らしいと思います。

──大島さんは映画音楽に留まらず、様々な分野で作曲活動をされていますが、映画音楽はご自身の中で特別な位置を占めているものでしょうか?

大島:そうですね。映画音楽の仕事は特に楽しいです。先ほどのジェリー・ゴールドスミスの話にもつながりますが、自分も常に求められている以上のもので監督にお返ししたいと思っています。今回の『サバカン SABAKAN』も、自分の出せるエネルギーは出し切ったつもりです。ぜひ多くの方に楽しんでいただけたらと思います。

(text:伊藤隆剛)

大島ミチル
大島ミチル
おおしま・みちる

長崎県出身。国立音楽大学作曲科在学中より作曲家・編曲家としての活動を開始し、映画やテレビドラマ、アニメーション、CMなど幅広いジャンルに楽曲を提供する。映画では『失楽園』(97年)、『模倣犯」(02年)、『明日の記憶』『間宮兄弟』(共に06年)、ドラマではNHK朝の連続テレビ小説『あすか』(99年)、「天地人」(09年)、『ショムニ』(98年)、『ごくせん』(02年)、アニメーション「鋼の錬金術師」(03年)、「スターウオーズビジョンズ」(21年)、「四畳半神話大系」(10年)などを担当。毎日映画コンクール音楽賞や日本アカデミー賞優秀音楽賞など、受賞も多数。フランスやアメリカなどでも活躍。アメリカのアカデミー協会会員。