僕は、石井さんに身をゆだねただけ（妻夫木）
さえないフリーター砧（妻夫木聡）がつまらない儲け話でだまされたために人生転落、裏社会のヤバいブツの運び屋となって絶体絶命のピンチに陥る『スマグラー おまえの未来を運べ』。『闇金ウシジマくん』で知られる真鍋昌平の人気マンガを、斬新なビジュアルと世界観をもつ石井克人監督が怒涛のアクションエンターテインメントに仕上げている。
理想ばかり高くて何の努力もしない主人公・砧を演じたのは、歳を経るごとに俳優としての厚みが増している妻夫木聡。運命に翻弄される砧を見事に演じきった彼が、「天才！」と称する石井監督と仲むつまじく、共に作り上げた本作について語った。
──妻夫木さんは以前から石井監督の作品に出ることを望まれていたということですが、今回出演されていかがでしたか？
妻夫木：とにかく呼んでもらって嬉しかったですね。この作品はおもちゃ箱みたいな映画だと思ってるんですけど、石井さんの撮りたいものが最初から決まっていて、それが素晴らしいの一言。もう僕は身をゆだねたっていうだけです。
石井監督：原作を読んだときから、主人公の砧役には妻夫木さんがいいんじゃないかと思っていたんです。『悪人』やドラマ『天国と地獄』を見て、暗い役も似合うなぁ、と。でも、『悪人』はいい体つきでビシッとしていたから、今回はどんな感じに仕上げてくるかなぁと思ったら、まったくイメージが違って、ポワンとしていてやわらかい感じで。お、ちゃんと砧だ、さすがだなと思いましたね。
──砧は漫然とフリーターをして、運命に流されるまま裏社会に足を踏み入れてしまう青年ですが、役作りで意識したことはありますか？
妻夫木：とりあえず不摂生していました。石井監督作品には、『悪人』みたいに追い込んで追い込んで役を作っていくっていうより、何も作らずにゼロでフラットな感じでいって、石井さんに好きに遊んでもらったほうがいいかと思って。なので、料理は趣味なんですけど、外食ばかりでテキトーな食事をしたり、規則正しい生活はしないでいました。ドンヨリしているというか、髪の毛がかかってるわけじゃないのに髪の毛がかかってるみたいな鬱陶しい顔をしていたかったんです。見た人が「コイツにはなりたくないなぁ」と思うような。
石井監督：砧のダメ〜な感じが出てて良かったですねぇ。登場人物がみんな砧に食ってかかっていくような展開ですけど、それに対する反応がとても自然なんです。芝居というより、しっかり本人になりきれてないとできないことだなと思いましたね。
砧の心情は、自分の一番ダメだった時期を思い出して肉付けした（石井監督）
──夢ばかり大きくて努力せず、夢も半ばで閉ざしてしまうような砧は、言わば普遍的な青春像だと思いますが、共感はしましたか？
石井監督：砧の心情は最初はわかりづらかったですね。自分の一番ダメだった時期を思い出して肉付けしていった感じです。
妻夫木：共感なんて、まったくしないですね！ 共感なし（笑）！ 演技していて不安に思ったり、ごちゃごちゃ考えたりすることはあります。石井さんの目指すところに追いつけているかなと思ったり。でも、それと砧の人間性とは別。僕は人間的にはハッキリしてて、ガンコだし、わかりやすい九州男児ってタイプなんで。
──正反対と言ってもいい役柄でありながら、妻夫木さんは砧役にハマっていたし、他の共演者の方々も個性的で役にピッタリでした。運び屋のリーダーのジョー役を演じた永瀬正敏さんもシブくて良かったです。
石井監督：ジョーのキャラクターは結構話し合って出来上がりました。永瀬さんに「たまにはノーメイクで“おっさん”っぽい役もいいんじゃないですか」ってすすめて。
妻夫木：永瀬さん自身からにじみ出る温かさが終盤に出てきてましたよね。それを受けて、僕も台本には書き込まれていない表情が出たような気がします。でも、永瀬さんとは10年以上仲良くさせてもらってるんで、それだけに最初の方の距離感が難しかったです。ジョーと親しい感じが出てリアリティがなくなると、なんだかコメディっぽくなるから。そうしたくなかったので、本来なら現場で永瀬さんに挨拶すべきなのに、失礼だと思ったけど「挨拶とかしちゃダメだな」と思ってしませんでした。でも、永瀬さんいい人だから「久しぶりじゃーん」って向こうから話しかけてきてくれて（笑）、必死で距離取っていました。
──“競演”という意味では、クライマックスの高嶋政宏さんと妻夫木さんの1対1のシーンは強烈でした。高嶋さん扮する裏組織の人間に、妻夫木さんがこれでもか！これでもか！とサディスティックにいじめられていたぶられて……。高嶋さんとの共同作業はいかがでしたか？
石井監督：あのいたぶるシーンでは、高嶋さん自身がアイデアをいっぱい提案してくれたんです。僕私はコスチュームのコンセプトはあったんですけど、あとはだいたいでいいかなと思っていたところ、彼がいろいろ取材もしたようで（笑）。じゃあ、それでいきましょう、と。
妻夫木：いや、本当に高嶋さんの芝居がいいんですよ。それでこっちもいい芝居を引き出してもらえた部分が大きいです。
石井監督：もうね、2人の表情がサイコーで！ 実は痛い映像そのものはほとんど撮してなくて、2人の表情だけで成り立ってるシーンなんですよ。砧の表情が本当に痛そうで痛そうで、大満足です。
我修院さんのように眉毛がつながっているような役も全然アリです（妻夫木）
──それは本当にこちらにも伝わってきて、見ていてあまりに辛くてお腹の調子が悪くなって痛くなってきたんです！
石井監督：本当ですか（笑）？ それはすごい。
妻夫木：そうなんだ！ 僕自身は痛みには強いほうで、足つぼ（マッサージ）なんかも意外と大丈夫で嫌いじゃないんですよ（笑）。でも、あのシーンの撮影はやっぱり大変でしたね。実際にも痛みはあるし、現場ではもっともっといっぱい撮影したんですよ。
石井監督：確かに、ずいぶんカットしました。
妻夫木：本当ですよ、まったく〜。もっといろいろやられました（笑）。
石井監督：でも、一番気に入っているシーンなんですよ（笑）。作品をDVDに焼いてもらっているんですけど、何回も繰り返して見てますね。
──ただ痛いだけでなく、痛いのに笑ってしまうのが石井ワールドの醍醐味でもあると思います。完成した作品を見て感想は？
妻夫木：毎回そうなんですけど、自分が出ていると客観的に見れなくて。自分自身の芝居はダメで、反省点ばかりです。石井さんは天才ですよ！ 物づくりにおいて、石井さんはずば抜けて他の人と発想が違う。みんな平均点を目指しているところで、スタート地点からして違うし。今回は石井さんの世界を覗けるものなら覗きたいと思っていたけど、石井さんに遊ばれているうちに終わっちゃいました。それに、『鮫肌男と桃尻女』がヤンチャだとしたら、今回はスマートで大人の世界という感じです。今までと違う石井ワールドにもなっていると思います。
石井監督：妻夫木くんはいい意味でスターで、光っているなと改めて思いましたね。クールで冷静だし。それはスタッフ全員で言っていたことです。また今度、意外と怖い役とかもやってほしいですね。
妻夫木：呼んでもらえるならなんでもやりたいです。我修院さんのような役もいいですねぇ。痩せろと言われれば痩せるし、太れと言われれば太るし、眉毛がつながっているようなのも全然アリですね！
（text＝入江奈々）
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