1966年4月5日生まれ、東京都出身。3歳で狂言師として初舞台を踏む。「狂言ござる乃座」を主宰。国内外で多数の狂言、能公演に出演する一方、現代劇や映画、テレビドラマでも活躍。NHK連続テレビ小説『あぐり』(97年)、NHK Eテレ『にほんごであそぼ』、また、映画では『乱』(85年)、『陰陽師』(01年)、『陰陽師II』(03年)に出演。世田谷パブリックシアター芸術監督をつとめる。現代に生きる狂言師として多方面で活躍する。
大ばか者か天才か──天下統一を目前に控えた豊臣軍2万に対し、たった500人でケンカを売った男の戦いを活写した『のぼうの城』が11月2日より公開される。
タイトルにある“のぼう”とは“でくのぼう”を意味し、武士に必要な度胸も腕も知恵もない男が主人公だ。だがその男・成田長親(ながちか)は領民からの人気だけは誰にも負けない。人間的魅力に満ちたこの不思議な男を好演した狂言師・野村萬斎に話を聞いた。
萬斎:周囲から浮いている人物ということで、みんなと空気感、テンポが異なるように心がけました。周りには猛者が多いので、1人だけ甲高い声を出すとか。基本的には道化的な立ち位置なので、狂言の太郎冠者などのキャラクターを念頭に置いたり。単なるバカなのか何なのかわからないというつかみ所のなさ、予測できない演技を心がけました。
それから、どんな男なのかは彼に惚れた女性に聞くのが1番だろうということで、(長親に恋心を抱く甲斐姫を演じた)榮倉奈々ちゃんと初めて会ったとき、初対面にも関わらず「どうして甲斐姫は“のぼう”が好きなの?」と聞き、かなりびびらせてしまいました(笑)。「お前、台本を読んできたか?」「ちゃんと役を解釈してるか?」と言っているようなものなので、僕も言ってから後悔したのですが(笑)。奈々ちゃんは「う……」と答えに詰まってから「ちょっと考えさせてください」って。でも、ちゃんと6時間後には「やっぱり将器だと思います」と。つまり、リーダーとしての器があったと思うと話していました。
萬斎:長親がリーダーに向いているとは、親をはじめ誰も思っていないのに、甲斐姫だけが見抜いてたんでしょうね。でも、長親自身も気づいていなかったリーダーとしての器が、物語の進行と共に段々と開花していく。周りの猛者たちはつまらないことで張り合っていたりするわけだけど、のぼうが居ることでみんなが並び立つ。頼りなさそうでいて、ものすごく有能なリーダーだとも言える。「リーダーとは何ぞや」ということを描いた作品でもあると思います。
萬斎:以前『乱』に出たとき、根津甚八さんから“ダメージアップ”という造語を教えられたのですが、スキがあって相手にダメなイメージを与えるというか、「ちょっと頼りない」「ヘンだな」「何、この人!?」というくらいのほうが、専制君主的なエリート然とした人より、みんなが安心できるんですよね。スキがあるけれど、本質を見抜いていて信念がある、そこがのぼうの良さなんじゃないかな。
領民と同じ目線であるということもすごく重要です。なぜ、同じ目線かというと、いつも領内をウロついているからですよね。そして、領民よりも誰よりも麦踏みがヘタで、取っつきやすい(笑)。武装されてしまうと取り付く島もない。
映画で描かれているのは、専制君主的なリーダーではなく、下から持ち上げられていくリーダー像。そこに才能のある人が寄ってくる物語なんです。
萬斎:これだけ世の中が複雑になってくると、スーパースターは必要ない。複雑になればなるほど、それぞれのエキスパートが必要なのではないでしょうか。
萬斎:狂言は、言ってみればその場限りのパフォーミングアーツ。2、3人で演じて、観客の想像力に訴えるものです。一方、映画はこれだけ大勢の人が集まってリアルに作るもので、映像として残ります。そこがとても魅力的ですね。
萬斎:映画には出たいと思ってるんですよ。実は『陰陽師II』を撮った直後にこのお話をいただいていたのですが、停滞して、一度は立ち消えたかなと思ったくらいです。
この映画は最初に脚本があって、停滞した時期に小説化して大当たりしたわけですが、ちょっと言っておきたいのが、僕のキャスティングの方が先だということ。和田(竜)さんが小説化したときに、のぼうを大男に書いてしまって、それがみんなを混乱させているんですよね(笑)。まあ、結果的に小説が当たったことで製作資金が集まったから、戦法としては良かったんですけど。
萬斎:いつもいろいろと挑戦はしていますが、伝統芸能の技術を使ってここまではできるだろうという、ある種の確信をもってやっているので、無謀というのはありませんね。
でも、のぼうはかなり確信なしににやっている(笑)。だから戦争になってしまい、「ごめん」と謝ることになるのですが、人徳があるので、のぼうが困っているとみんなは「仕方ないなあ」という風に応援してしまう。
のぼうに確信があるとすれば、2万という数に脅されて降伏するという分かりやすい理屈で屈するのはばかばかしいという理論が彼のなかにあったのではないでしょうか。だから戦うことになり、その意気に領民も感じたという……。
役者としては、突発的で自分の言ったことの重大さにも気づいていない節があると思って演じていたのですが(笑)。
萬斎:そういう部分もあるかもしれませんね。僕は、もうちょっと責任を持って物事を作っているつもりですから(笑)。でも、のぼうは、直感的に「コイツ嫌いだ!」「頭を下げたくない!」ということから「戦う」と言ってしまった節がある。でも、それを支持する人がたくさんいたということですよね。そういうぶっ飛んでいるところがこの映画の面白さだと思います。世の中、理屈だけではないので、そのぶっ飛び方が爽快なのかな、と。
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