1960年12月10日生まれ。東京都出身。80年にNHKドラマ『続・続事件〜月の景色〜』で俳優デビュー。翌81年に公開された映画『青春の門』でブルーリボン賞新人賞を受賞し、注目を集め、数々の映画やテレビドラマに出演。94年に公開された映画『忠臣蔵外伝 四谷怪談』で第18回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。その後も『ホワイトアウト』(00年)、『壬生義士伝』(03年)で日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞するなど、日本映画界には欠かせない名優としての地位を築く。阪本順治監督作品には『トカレフ』(94年)、『顔』(00年)、『KT』(02年)、『亡国のイージス』(05年)、『闇の子供たち』(08年)、『大鹿村騒動記』(11年)などに出演している。
「M資金」。GHQが占領下の日本で接収したと噂される財産であり、現在も秘密裏に運用されていると噂されている資金。このM資金をめぐり、昭和30年代から、数々の詐欺事件が発生し、多くの人間が巻き込まれている。阪本順治監督はそんなM資金を題材に映画を作りたいと考え、映画『亡国のイージス』(05年)でもタッグを組んだ作家・福井晴敏の書き下ろし小説を原作に、福井と阪本が共同で脚本を執筆し、完成させたのが映画『人類資金』だ。
本作で主演のM資金詐欺を繰り返す男・真舟を演じたのは、映画『KT』(02年)や『闇の子供たち』(08年)、『大鹿村騒動記』(11年)など阪本作品には欠かせない俳優・佐藤浩市だ。長年、阪本とタッグを組んでいる佐藤に、「今回の現場は今までと違うやり取りがあった」という撮影の様子や本作の見どころ、映画に対する思いを聞いた。
佐藤:今の若い世代はM資金と言っても知らない人が多いんだろうね。僕らが子どもの頃は、結構普通に聞き慣れた言葉だったんですよ。戦時中、確実に日本軍が持ち帰ってきた財宝もあるわけで、実際、金塊も海の底から見つかったりした。「いつ戦争が終わるのか?」「本土決戦はあるのか?」という時期に、もしもの時に備えて蓄えていた資金があったと考えるのは自然なわけなんです。しかも当時の昭和のトップの人たちは、当然、戦中や戦後を知っている人たちなんですね。だから、M資金詐欺というものはリアリティがあったんだと思いますよ。
佐藤:全く脚本がない段階から、阪本監督にM資金というワードだけ聞かされていたんです。でも「何でいまさらM資金なの?」っていうのは正直思いました。「厄介なことをやるんだな」ってね。そういうのが好きなのかもしれませんね。以前(佐藤が主演した)『KT』の企画を聞かされた時も「え、何で今、キム・デジュン(金大中)なの? 危なっかしいな」と思いました。案の定、撮影のときは結構危険なことがあったんですよ(笑)。
佐藤:最初に話を聞いてから数年後、出来上がった脚本を読んでみると非常にエンターテインメント性の強い内容だったんです。最初は正直、戸惑いがあったんですよ。M資金詐欺がらみの話なので、もう少し生臭い話を作るのかと思っていたので。
でも今の時代を考えると、エンタメ性を持った形でボールを投げるのが1番正しいのかな、と感じました。そういうところから入っていって、見ているお客さんが色々なことを考えてくれるのが重要なんだ、と。その意味で、福井さんを巻き込んでエンターテインメントな作品にしたというのは正解だったんじゃないかな。
佐藤:最初、詐欺師をどのように自分のなかでやろうか、という部分が上手くはまらなかったんですね。M資金詐欺の渦中で父親をなくしている真舟が、自らもM資金詐欺をやっているという時点で、かなりアイロニカルで世の中に対して斜に構えているというキャラクターしか浮かばないんだけれど、その人間が、途中で巻き込まれながら能動的に先頭に立って行動するんですね。そこがどうしても自分のなかで上手くはまらなかった。
その迷いがあったまま、クランクインして撮影を進めていたんだけれど、ロシアでクランクインした次の日に「これまで作っていた真舟のキャラクターを全部やめちゃっていいかな」って阪本監督に話したんです。詐欺師を生業にしていることと、それに付随しているキャラクターを乖離させて、もう一度人物を作り直したいと相談したんです。普通、映画とかテレビに出ている人物は、過去にあった出来事や仕事などがその人物の役柄に投影していないと説得力がないんだけれど、そんなの取っ払って、詐欺師で、暗い過去があっても、案外素直で愛嬌がある人間でもいいんじゃないかな、と考えたんです。
佐藤:「それで良いんじゃない?」って言ってくれましたね。阪本監督も、僕が違和感を感じていたシーンで同じような思いを持っていたらしく、冒険だけど2人で了承しあって、舵を切りました。これまでの阪本監督との仕事でも多少の方向転換はありましたが、ここまでキャラクターを大きく変えたのは初めてでした。でも、その変更のおかげで、真舟というキャラクターに地べた感が出たと思います。最初は詐欺師で犯罪者だと思って真舟を見ているんだけれど、結局は彼の目線で物語を見るしかないんです。そうやって最後まで見ていくことによって、ラストの子どものシーンで真舟という人物のことをきちんと理解できるようになるんだと思います。
佐藤:監督の根っこには、そういう国の人々に対する思いというもがあると思います。ただ、『闇の子供たち』とこの作品では、若干視点が変わったなぁとは感じましたね。『闇の子供たち』で描かれたのは、阪本順治が知った事実や価値観から発信されたメッセージだったのかもしれない。この作品では、メッセージの発信の仕方が違っているんじゃないかなって思います。
佐藤:えら呼吸じゃなくて、“映画呼吸”なんですよね。映画って裾野が広がっているので、年間にスクリーンで何本も映画を見ない人でも「趣味は映画鑑賞です」って言う人っているでしょ? でも、僕が知っている何人かの監督は、映画がなくなったら呼吸が出来ないような人たちなんですよ(笑)。それは映画を見るのが好きということではなく、映画の現場の空気感のなかで「自分は生きている」って実感している人たち。阪本監督はそんな数少ない監督の1人で、その気持ちが阪本組のスタッフにまで伝わっている。役者もそういう気構えで来る人たちばかりだからね。そんな空気感を味わえる現場ですね。
佐藤:未來の根っこは舞台にあるんだろうけど、でも映画というものの魅力を阪本さんによって開花された部分もあるんじゃないかな。今回の作品でも映画完成の保証がない段階で、未來は国連に入ってラストシーンだけ撮っているんです。そういう決断をしたのも、阪本という人間の魅力と、阪本順治の現場が好きだっていう気持ちからだったと思いますね。
佐藤:あのセリフって、ガッツ石松さんの発言から阪本監督が引用したみたいなんだよね。俺は……「押してもだめなら引いてみる」かな。役者なんで色々やってみないとね。
佐藤:役に対しては、自分でこういう役をやりたいっていうことは一切思わないんだよね。「こんな役やってもらえる? こんな役できますか?」ってハードルの高い役を提示されると、まだまだ俺に期待してくれてるんだな、俺はまだまだ死んでないんだなって思えるじゃないですか。それが今の自分のスタイルです。
佐藤:とにかく一緒にジェットコースターに乗ってください。それで最後にお財布の中身をチラッと見てくれたらいいですね(笑)。
(text&photo=磯部正和)
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