1977年6月10日生まれ。東京都出身。父は9代目松本幸四郎。16歳のときに歌舞伎座「人情噺文七元結」で初舞台を踏む。翌94年にNHK大河ドラマ『花の乱』でドラマデビューを飾ると、95年にはドラマ『藏』で主演を務める。その後は、テレビドラマ『ロングバケーション』(96年)や『ラブジェネレーション』(97年)など連続ドラマのヒロインをつとめる一方で、山田洋次監督の『隠し剣 鬼の爪』(04年)、『ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ〜』(09年)、『告白』(10年)などに主演し数々の賞を受賞するなど、日本を代表する女優である。
山田洋次監督の最新作『小さいおうち』。監督作82本目にして初めて“家族の秘密”にも迫った本作では、女中タキの目線で、現代と昭和初期が交互に描かれ、ある“恋愛事件”が生々しくもミステリアスに展開していく。
そんな本作で、昭和初期のモダンな家庭の若奥様・時子を演じたのが、実力派女優の松たか子だ。山田監督とは04年公開の『隠し剣 鬼の爪』以来、10年ぶり2度目のタッグとなった松に作品の見どころや、山田監督ほか共演者のエピソードなどを聞いた。
松:以前にも増して山田監督はパワーアップしている印象を受けました(笑)。(中島京子の)原作はあるのですが、監督の記憶と重なる部分が多いみたいで、作品への情熱がすごかったですね。山田監督自身が(松演じる)時子さんになったり、(吉岡秀隆演じる)板倉さんになりきった感じで演出をされるので、自分の役をとられるんじゃないかって思うくらいでした(笑)。『隠し剣 鬼の爪』のときは、監督から「お芝居をしようと思わないでくださいね」って言われ続けていたのですが、今回の私が演じた役は、そうもいかないので、自分でもこれまで経験してきたことを総動員して演じました。
松:原作を読んだ時、どうやったら時子みたいな色っぽい雰囲気を出すことができるんだろうということは考えました。謎が多く、自分のことをあまり語らない女性なので、想像し続ける感じでしたね。でも最後まで時子という人はつかみどころのない女性でした。旦那さんがいながら、部下の板倉さんにも恋心を抱く……。素直な人なんだろうなって思いますが、誰かを幸せにできた人なんだろうかという疑問もありましたね。人を惹きつけたり、巻き込んだりする力がある人なので、違う時代に生まれていたらまた違った生き方をしていたかもしれません。
松:いつも完成した作品は、スケジュールの都合もあって、試写室で少人数で見ることが多かったのですが、今回は、松竹の方々、そして主要キャストの方々が大勢揃った場で見たので、それだけで緊張しちゃいました(笑)。最初の台本から結構変わっている部分があったので、新鮮な驚きもありましたが、現代パートの倍賞(千恵子)さんや米倉(斉加年)さんが発する言葉の重さに、監督の伝えたいメッセージが込められているんだなって実感しました。
松:お会いすることはなかったです。でも映像を見て、倍賞さんがとっても素敵で……。声だけで泣けてくるぐらい説得力があるんですよね。倍賞さん演じるタキが「長く生き過ぎた」という言葉を発するのですが、とっても謙虚で、そこにいるだけで優しさや悲しさが伝わってくるシーンを見て、本当に感動しました。しっかりした映画だなと思って、そんな作品に自分も出させていただいたんだなと改めて感じました。
松:(黒木)華ちゃんとは初めてご一緒したのですが、原作を読んだときのタキちゃんのイメージにぴったりで「タキちゃんがいた!」って思いました(笑)。彼女自身は大阪出身なのですが、北国から出てきた割烹着が似合うタキちゃんというイメージにぴったりでしたね。2人だけの長いシーンも多く、一緒に乗り切って作品を作っていく過程はとても楽しかったです。吉岡さんは『隠し剣 鬼の爪』のときもご一緒させていただいていたのですが、そのときは私が女中の役でしたし、あまりお話する機会がなかったんですね。でも今回は待ち時間に色々な話をすることが出来ました。なかでも、吉岡さんと山田監督の長いお付き合いの歴史なども聞かせてもらって、愛憎含めた濃い関係を知ることが出来たのは興味深かったです(笑)。
松:あるシーンで必要な小道具がどうしても揃わないことがあったんですね。結局なしで撮影は行なったのですが、後ろのほうで「ドンドン」という足を踏み鳴らす音がしたんです。山田監督が地団駄を踏んでいたんですよ(笑)。いまだかつて、アニメ以外で、私は地団駄を踏む人を見たことがなかったので、びっくりしてしまったんです。監督は相当悔しかったんでしょうね。誰かを責めるというわけではなく、単に自分に腹が立ったんだと思います。それぐらい夢中に映画のことを考えて情熱を持てるっていうことに感動しました。
松:複雑な気持ちですが、そういう歴史があって、今があるわけで……。自分が生きている時代がすべてじゃないと納得させるかもしれません。でも、今だからそう言えるわけで、実際その時代に生きていたら「何で好きな人を奪われなくちゃいけないの!」って思ってしまうと思います。
松:あんまりジャンルにこだわっている印象はないんですよね。舞台は1年に1本はやっていたいなって言うのはありますが……。自分がやってみたいと思ったものと、お話をいただくタイミングが合わさったときに出演しているという感じですね。もしかしたら、もっとたくさん映画をやれていたのかもしれませんが、それを振り返っても仕方ないですからね。
松:色彩のある日々が昭和初期にもあったということと、人はどんなに追い詰められた状況になっても生活を豊かにしたいとか、人を思ったり思われたりしていれば輝けるんだということを感じていただければいいですね。笑顔もいっぱいあるこの時代の光景を楽しんでいただければと思っています
(text&photo 磯部正和)
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