1970年10月13日、イギリス、ブリストル生まれ。10歳から教会の聖歌隊に参加し、歌い始める。周囲の腕白な男の子からかわれながらもオペラ歌手を夢見ていた。大学卒業後はスーパーマーケットに就職し、市議会議員を務める傍ら、アマチュアの劇団でオペラを学び、ボイストレーニングを続けた。99年には英国のテレビ番組『Barrymore's My Kind of Music』で獲得した賞金を元手にイタリアへ私費留学し、本場でオペラを学んだ。病気や怪我に苦しみながらも歌は諦めず、07年にはあのスーザン・ボイルを輩出したオーディション番組『ブリテンズ・ゴット・タレント』に出演。美声を認められ、一躍スターとなった。
携帯電話の販売員から、CD400万枚の大ヒットを飛ばすオペラ歌手になった男。あのスーザン・ボイルを輩出したオーディション番組から生まれたもうひとりのスター、ポール・ポッツの半生を描く『ワン チャンス』公開に合わせて本人が来日した。
素顔のポッツはとにかく、いい人。少し恥ずかしそうな笑顔を浮かべながら、穏やかな表情で質問のひとつひとつ誠実に答えてくれる。好きな歌は何かと尋ねると、やはりはにかみながら、「ラ・ボエーム」の一節をハミングしてくれる。
だが、そのサービス精神は「NO」と言えない弱さではない。瞳の奥に芯の強さがうかがえる彼ならではの優しさであることが、言葉の端々から伝わってきた。
ポッツ:ふざけてるんじゃないかと思いましたよ、僕の人生を映画にするなんて(笑)。本当に驚きました。でも素晴らしい映画ができたと思います。コメディとドラマの要素がバランスよく、たくさん笑ったし、感動しました。温かい気持ちになれましたね。
ポッツ:自分のことを笑えるのも大切だと思うんです。人生をあまり真剣にとらえすぎては、つらくなってしまいますから。
ポッツ:そうですね。いつもとはちょっと違うやり方でした。歌の録音は映画の撮影が全部終わってから始まったのですが、映画で僕を演じるジェームズ・コーデンの口の動きに合わせなければなりませんでした。そして、そこには彼が演じている役の感情もある。それを表現するのは難しかったですね。でも、何かに挑戦するのは好きなんです。
ポッツ:そうですね。わざと下手に歌わなければならないシーンもありました。デイヴィッド・フランケル監督に「下手さが足りない」と言われました(笑)。僕自身はかなりひどいと思ったのに、監督からは「いやいや、まだかなり上手いよ。もっと下手くそに歌ってくれないと」と言われて……。あれは大変でした(苦笑)。パヴァロッティの目の前で歌うシーンでは、音を外したり。本能に逆らう感じなので、すごく難しかったです。
ポッツ:歌だけが友だちだったこともあります。歌うことで安心できたり。うまく説明できませんが、歌は僕だけの居場所へと導くドアの鍵のようでした。ただ、プロになるということは、居心地のいい僕だけの場所を大勢の人たちと共有することになる。それは少し怖かったです。外へ向けてドアを開くことで、批判を受けたり、嫌なことも起きるんじゃないかと心配だったんです。プロになって、歌に対する感情が変わるかもしれないとも思いました。でも、デビューして7年になりますが、“仕事だ”という気はしないというか、歌に対する愛は変わりません。
ポッツ:強さというか、頑固だっただけです。自信はなかったけれど、周りに合わせようと自分を変えても意味はないと思っていました。子どものとき、いじめられても「無視しなさい。そうすれば、そのうち収まるから」と言われ続けました。でも、それではいじめで受けたネガティブなエネルギーはどんどん心の内に溜まっていってしまいます。だから、ちゃんと周囲の人たちと話し合うことは大切だと思います。
ポッツ:妻はいつも僕のそばにいて支えてくれています。映画で描かれた通り、よく似ています。映画を見ていて、自分が思っている自分自身と、人から見た自分というのは違うものだと気づきました。見ながら、「僕って、こんなじゃないよね」と妻に聞くと、「あら、そうよ」と、「僕はこんなことしないよ」と言うと、「きっとするわよ」と言われました(笑)。彼女は大切なパートナーですね。
ポッツ:大体そうです。メールで交流していた頃、僕は彼女がどんな外見か知りませんでした。でも、彼女は僕の写真を見ていました。それでも逃げられずに済んだ僕はラッキーでしたね(笑)。ネットを通じて知り合ったのも事実ですが、互いをブラッド・ピットとキャメロン・ディアスと名乗るくだりはフィクションです。僕もそれを思いつけばよかった(笑)。
ポッツ:イタリアのヴェネチアに留学して、二重唱を一緒に歌うパートナーの女性の家に食事に招かれるシーンです。大家族での食事会で、でたらめなイタリア語を話す場面がとても面白かった。そして、それに続く二重唱のシーンですね。プッチーニの「ラ・ボエーム」で、曲も本当に素晴らしいのですが、ヴェネチアの映像が美しくて、とても素敵なシーンです。
(text=冨永由紀)
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