1961年9月18日生まれ、東京都出身。父は往年の大スター・佐田啓二、姉は女優の中井 貴惠。デビュー作『連合艦隊』(81年)で日本アカデミー賞新人俳優賞受賞。94年、市川崑監督の『四十七人の刺客』にて同最優秀助演男優賞、03年、滝田洋二郎監督の『壬生義士伝』にて同最優秀主演男優賞に輝くなど受賞歴多数。日本を代表する俳優である。また映画に限らず、テレビドラマや舞台、CM、ナレーションなどの場でも活躍している。近年の主な出演作に『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』(10年)、『天地明察』(12年)など。待機作に『アゲイン 28年目の甲子園』(15年公開予定)。
浅田次郎による短編集「五郎治殿御始末」の一編を、若松節朗監督が映画化した『柘榴坂の仇討』。桜田門外の変で敬愛する主君・井伊直弼を失い、仇を追い続ける男と、大老暗殺の後、身を隠し孤独に生きてきた男が、13年後、ついに対面を果たすまでを描いた正統派時代劇だ。
本作で時は江戸から明治に移るも、粛々と主君の仇を探す主人公・金吾に扮した中井貴一にインタビュー。「日本の俳優として、これはやらなきゃいけない」と出演に至った経緯から、俳優業への思いまでを語る姿には、第一戦で活躍し続けてきたオーラが満ちていた。
中井:ここ数年、時代劇が不振と言われていますよね。そんななか、時代劇もアクションやコメディといった、いろんな風に形を変えながら、活路を見出そうとしている。それは当たり前のことだし、必要なことだと僕も思っている。そんなとき、今回のお話しをいただいて、人間の心、日本人の心をただただストレートに描こうとしていることに驚きました。
でも今の俳優はどこかで集客や興行への責任も負わなければならない時代になっている。だから、この作品にどうやってお客さんを入れるのかと漠然と思いましたね。いわゆる飛び道具がないというか。僕たちがいま思っているアメリカ的なエンターテインメント性を排除した作品なので。
中井:じっくり台本を読んでいくにつれて、日本映画の伝統でもある、人の心を淡々と、でもじっくりと伝えていく作品であることに気づいたんです。もっとも日本らしい台本がきているにも関わらず、そこにエンターテインメント性を求めようとしていた自分が恥ずかしくなったというのかな。製作陣に敬意を感じたし、日本の俳優として、これはやらせていただきたい、やらなきゃいけないんだという気持ちになったんです。
中井:もちろんそればかりではないのですが、浅田さんの本は偉人伝ではないことが多い。歴史に名を残した人が中心になって話を進めていくのではなく、その時代に生きた名もないひとりの人間がどう立ち向かって生きていったのかを、分かりやすく描いている。だから映画化する際に、時代がこれだけ違っても、とても共感を持って見られる。そこに相性の良さがあるのではないでしょうかね。
中井:金吾は、本当に“ザ・日本人”という人。武士道だったり、実直さといったものが彼のなかにはある。ただ、僕がこの作品を読んだときに軸として考えたのは“家族”なんです。金吾にとって1番大事なのは、やっぱり(広末涼子演じる)妻・セツの存在。僕はこの映画の話をするとき、「黒幕はセツです」って言うんです(笑)。セツがいることによって、彼は13年もの間、生きようと思い、敵を追おうと思った。そしてセツのためにどうすべきか考える。所詮、男は女には敵わないという話なんですよ。
中井:だって、(セツに)「あなたは人を探してください」と言われ、妻が働き、妻が食べさせてくれ、ご飯も作ってくれるという状況で金吾は生きているんですよ。もう愛する以外にないでしょう。
中井:はい。僕は昔から言ってます。男が女に敵うと思うほうが間違いなんです。女性に命が宿されて、その女性によって男は育てられる。お母さんに、「いい、あなたは男の子なんだから、泣いちゃダメ。男はこういうときにはこういうふうにするのよ」って。つまり女性から男を全部教えられるわけです。この段階からすでに男は負けている。それで女性が、「私は一歩下がります」って言ってたから男が強く見えていただけの話であって、横に並ばれた段階で男は下がって見えるに決まってるんです。これが男と女の永遠の関係だと思いますよ(笑)。
中井:彼女、時代劇はあまりやったことがないって言ってたんですけど、立ち居振る舞いも所作もよかったし、うわべではなくて、心のなかからお芝居をする感じがすごく伝わりました。彼女をじっと見てるとそれだけで涙が出てきちゃうんですよ。自分には背負っているものがあって、妻に対して申し訳ないと思ってるんだけど、彼女は笑顔で送ってくれる。
終盤のシーンでもね、本当は面と向かって別れを言うことになっていたんですが、僕は到底彼女の顔を見られないので、監督にお願いして、背中を向けたままで言わせてもらいました。非常に心で動くことのできる女優さんだと思いますよ。
中井:そうですね。意識的に話さないようにしてましたね。こういう重い題材ですから、ときにはバカ話もしたくなるんですけど、でも一切そういう話もしませんでしたね。僕は頭で考えるよりも心で感じちゃうタイプなんだと思います。だから影響を受けないようにしてたんです。
中井:そうかもしれませんね。
中井:どうなんでしょうか。自分ではそういう意識はないんですけど。僕、ものすごく役に入ってますみたいなタイプはあまり好きじゃないんですよ。そこまでしなくてもいいいのにって思っちゃいますし。でもそう言われると、僕も人からはそう見えてるのかな(笑)。自分としては自然にやってるだけなんですけどね。
中井:難しいですね。相手は刀で自分は脇差。長さが違うのでいろんなところを打ちますし。力の入り方も違いますしね。でもきれいな立ち回りは好きじゃないんです。本当に斬るんだという力が見える立ち回りにしたい。だから殺陣師の先生には、泥臭いものにしてくださいとずっと言い続けました。今まで私も脇差だけでやったことはないので、いい勉強になりましたね。
中井:役者なんて、自分の映画を見たら反省しかないんですよ。たとえば、「ありがとう」というセリフひとつとってみても、何十通りと言い方はある。そうすると、これは自分にしかわからないことですが、違ったと思うこともあるわけです。完璧なんてないんですよね。だからこそ100%を目指す。それでも60%だと思うんですよ、最高によくできてもね。それでも62%くらいにはしたいと常に思っています。
中井:本当はすぐにでも辞めたいんですよ(笑)。やっぱり役者というのは、自分の人生をどこかで切り売りしてますからね。僕の仕事のやり方としては、保険をかけないということが、進み続けていられる理由だと思います。俳優は常に明日が分からない仕事。今でも僕は明日も分からないと思っている。そうした環境で、綱渡りをしながら、下に網(保険)を敷いて渡るのか、無しで渡るのかとなったら、僕は網無しで渡ろうと思うんです。
たとえば同時に2つの作品のオファーがあって、両方ともいい作品だったとする。両方とも受けるのか、ひとつをキープしつつ、もうひとつにも返事をするのか。そういったことは僕はしない。たとえ両方がいい作品でも、ひとつに懸ける。だから、自分のなかの危機感、保険をかけないということが、役者を続けるモチベーションになっているのかもしれないですね。
(text&photo 望月ふみ)
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