1968年生れ。ルーマニアのヤシ出身。映画デビュー作“Occident”は2002年カンヌ国際映画祭の監督週間でプレミア上映され、ルーマニアでもヒットする。2作目の『4ヶ月、3週と2日』では、監督・脚本を手がけ、第60回カンヌ国際映画祭でのパルムドール受賞を受賞した。2009年、彼は再び脚本・プロデューサー・共同監督を務めたオムニバス映画“Tales from the Golden Age”でカンヌ国際映画祭に戻ってくる。そして2012年、第65回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で上映された『汚れなき祈り』は女優賞・脚本賞のW受賞を果たした。彼は2013年カンヌ国際映画祭では審査員を務めた。5作目となる『エリザのために』が、2016年、第69回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞し、ムンジウ監督にとってカンヌ3度目の受賞作となる。
『エリザのために』クリスティアン・ムンジウ監督×マリア・ドラグシ インタビュー
不気味なまでのリアリズム! カンヌをうならせた傑作の監督・女優を直撃
ルーマニアから生まれた比類なき才能、クリスティアン・ムンジウ監督の最新作『エリザのために』は、娘の未来のために手を尽くす男の姿を描いた人間ドラマだ。
ツテとコネを駆使し、倫理から外れることもいとわない主人公の姿を、崇めるでもなく否定するでもなく、ひたすら冷徹に映し出す映像は、家族、親子のあり方を問いかけてくる。
第69回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した本作について、ムンジウ監督と娘を演じたマリア・ドラグシに話を聞いた。
監督:新聞の記事で強姦された少女について読んだ。ブカレスト市内で起こった事件で、彼女は強姦されるまで30分ほど町の中、雑踏の中を引きずり回されていたのです。けれど、誰も止めようとする人はいなかった。その事実は、僕らが現在どんな社会に生きているかを物語っていると思います。我々は多くの人に囲まれて生きているにも関わらず、いかに自分のことしか考えていないのか、と。これは社会として健全ではないと思うのです。集団としての解決策のある社会こそが本当の社会。その視点から僕は映画を作っている。子どもたちの未来が心配なんだ。こんな社会でいかにして子どもを育てるべきなのか。社会の集団的な責任を子どもたちに教えていくことが大切だと思う。
マリア:ズルをしたことはないわ。高校では、とても優しい理解ある先生に恵まれたのでズルをする必要はなかったんです。ただこの映画で父親がやったことに共感はできます。父と一緒にこの映画を見たのですが、父は映画の中の父親がやったことを自分もやるに違いない、と言ったのです。世界の誰もが共感できる物語なのだと思います。父親がなぜあんなことをするのか、誰もが理解できると思うのです。
監督:外見的には穏やかに見えても、内面では様々な気持ちが渦巻くことは可能です。穏やかさというのは、非常にコントロールされた人の特徴で、他人の目をコントロールしているともいえます。彼には自分の人生をコントロールしなければならないという欲求がある。それはさらに自分の子どもをコントロールしたいという欲求につながっていきます。親がもつ欠点のひとつですが……。子どもに対する愛が根底にあるから、自分の行動がいかに支配的であるか、そしていかに子どもから大きな自由を奪っているかに気がつかない。それをこの映画で触れています。
監督:進化と言えるかどうかは分からないが、確かに変化はしました。1作目と次の2作目を作る間に、自分の作風についてじっくりと考える時間があった。数年かけて、自分の過去の作品を考察し分析し、また多くの映画も見て、自分の作法のひとつひとつにどんな意味があるのかを考えました。ただ、監督としての考え方というのは現在までずっと一貫していると思います。映画の中に見て取れる変化というのは、脚本の違いや状況の違いからくるもので、僕の監督としての価値観というのは変わっていません。娯楽大作に見られるような、直截的で容易な効果や手法は避けてきました。例えば音楽を使って人の心を操るというのは簡単ですが、そういったことは避けてきました。観客が自分なりの気持ちで感じることが大切だと思うから。
監督:カンヌの最高賞パルムドールを受賞してから9年程たっているけれど、いまだにいろいろなプロジェクトへの参加の声がかかります。アメリカからかなりの数の脚本も送られてきました。ただそれよりも、自分が熟知している世界を描くことへの興味は薄れていません。だから自分のあまりよく知らないテーマについての映画を手掛けることに強い興味が湧いてこないんです。
マリア:もともと俳優になろうと思ったわけではなく、ダンサーになりたかったんです。バレエ学校に7年間通い、クラッシックのバレリーナを目指していました。その頃『白いリボン』(ミヒャエル・ハネケ監督)に出演して、そこで初めてヨーロッパ映画について勉強をしました。ドイツ映画ばかりでなく、フランス映画とか、その詳細にまで気を配った映画作りについてを。そしてとても刺激を受け、映画に興味が湧いたのです。それでヨーロッパ映画についていろいろ調べたりしました。クリスティアン・ムンジウ監督にはベルリン映画祭の新人プログラムで知り合ったんです。そしてこの素晴らしい映画への参加が実現しました。
マリア:父はルーマニアからの移民で東ドイツへ行きました。母はドイツ人で、ドイツで生まれ育った人です。近所にはルーマニアの家族がいたので、ドイツにいてもルーマニア人の中で育ちました。同世代の子どももいて、まるで従妹のように育ったんです。母もルーマニア語を習得して流暢に話せるんですよ。自分がドイツ人なのかルーマニア人なのかははっきりと決められません。自分のことを何人と決めるのは難しい。ルーマニアの文化や習慣の中で育ちましたが、具体的に両国の違いを指摘するのは難しいですね。ルーマニアのほうが家族のつながりが強いというか。汚職もそんな土壌から出てきているのですが、“私があなたを助けるから、あなたは私を助ける”というような関係があるんです。人びとが頼りあって生きている。人びとの絆は強まるけれど、逆にあなたの助けはいらないと断ることもできないというか……。
マリア:撮影前の1週間のリハーサルがあり、全部のシーンを現場でリハーサルしました。カメラの位置なども決めて、正確に演技ができるようにしました。キャスト全員とリハーサルし、バイクの運転も習いました。私は運転免許を持っていなかったので、先生について習いました。クールな経験だったわ。
監督:まさかこういったことが起こるとは予想もしていませんでした。特にマニフェストがあってムーブメントが起こったのでもなければ、90年代のドグマ(*)みたいなものでもないんです。ただドグマよりもっと長続きしていますが。それぞれが真摯に自分なりの映画づくりをしているというのかな。映画づくりを真剣にとらえている人間がいる、ということなんです。それを誰かがやったら、次々にあとに続く映画が作られるようになったというわけです。近年のルーマニア映画を見てもらえば、いかに僕らが細部にまでこだわり、現実の社会を忠実に正直に反映したリアリズムで描こうとしているかを理解してもらえると思います。
*90年代のドグマ…ドグマ95といわれる映画運動。映画を製作するにあたり10個の重要なルールがある。
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