ドミニク・アベル:
1957年、ベルギー生まれ。映画監督、俳優、道化師。
フィオナ・ゴードン:
1957年、オーストラリア生まれのカナダ人。映画監督、女優、道化師。
フランス、パリのジャック・ルコック国際演劇学校にて出会い、87年に結婚。ベルギーのブリュッセルやフランスのパリを拠点に道化師として活躍。80年代から創作演劇で世界各地を巡業する。90年代より、同じ道化師出身の監督ブルーノ・ロミと3人で短編映画の制作を開始。05年、長編映画第1作となるサイレント・コメディ『アイスバーグ!』を発表。08年には長編第2作『ルンバ!』でカンヌ国際映画祭の批評家週間に参加。11年に発表した『La Fée』はカンヌ国際映画祭にて封切られ、世界40か国以上で配給。ハンプトン国際映画祭長編劇映画部門で最優秀作品賞を受賞した。道化師出身ならではの喜劇を身体表現で魅せる作風は、しばしばチャップリン、タチ、キートンらの名を挙げて評されると同時に、それらどれにも属さない独創的なスタイルとして世界の映画シーンで注目されている。
『ロスト・イン・パリ』ドミニク・アベル&フィオナ・ゴードン監督インタビュー
ジャック・タチの後継者が贈る、はみ出し者へのメッセージ
道化師カップル、ドミニク・アベル、フィオナ・ゴードンが贈る『ロスト・イン・パリ』は、はみ出し者たちが夏のパリで繰り広げるユーモラスで驚きに満ちた冒険を描いた楽しいコメディだ。
『ぼくの伯父さん』で知られるジャック・タチ。その後継者とも賞されるアベル&ゴードンの2人が来日した際に、映画について語ってもらった。
ドミニク・アベル(以下、アベル):最初のアイデアはとてもシンプルでした。とある、カナダの山奥に住み人生経験が極端に乏しい女性が、常にどこか余所へ行きたい、何かに挑戦したいと夢見るものの実現できない状態だったのが、年老いたおばさんのおかげで大冒険(旅行)に乗り出すというアイデアが出発点でした。だいたい、こういったシンプルなアイデアからスタートして、いろいろなインプロビゼーション(即興)を通じてどんどん話を膨らませていくという方法を私たちは取っています。そのシンプルなアイデアを身体的な演技で埋めていくわけです。身体を通じて物語を見出していくのです。ですから私たちは、身体というのは頭よりも賢い場合がある、とよく言っているんです。
フィオナ・ゴードン(以下、ゴードン):もちろんそういうメッセージもあります。すべての私たちの作品にそういうメッセージが込められています。社会からはみ出てしまった人、非常に効率が求められる社会の中で、自分は効率的ではないと感じている人たちを描きたいという気持ちがあります。そんな人たちを称えたいという気持ちですね。メッセージというわけではないけれど、その人たちに対する共感を描いています。
アベル:それから私たち自身の不器用さもここで描きたいと思っています。私たちは道化師ですから人を笑わせます。人々が笑うのは、私たち自身が不器用だったり、ヘンテコでおかしな部分があったりするからだと思っています。人と違う部分や、効率的ではない部分を追求しています。その不器用でおかしいところにこそ個性が表れるし、オリジナリティが出るのです。それこそが美しさであり価値であると私たちは思います。ですから人と違う部分こそが非常に奥深い人間性が表れるところだと思います。
ゴードン:エマニュエルが亡くなってしまっただけに、この映画を見るとさらに感動が増してきます。彼女が晩年にこの作品に出てくれたことは、彼女からの贈り物だと思っています。本当に楽しく好奇心いっぱいな人で、身体は老いているのですが、マーサと違って頭はすごくしっかりしていました。ただ、身体だけが追いついていかないという状態です。やりたいことが本当にたくさんあるのに、その老いた身体の中に捕らわれてしまっている人、という印象を受けました。
アベル:もともとエマニュエルのことを個人的によく知っていたわけではないんです。ただ、実際に会ってみて、自分たちが書いたマーサという人物をはるかに超える素晴らしい人間像を演じて人だと思いました。実際、最初のシナリオでは、ふたりの人間が人探しをするストーリーで、彼女は単に探される対象という位置づけだったんです。でも、彼女に会って人間的な奥深さや生き方を目の当たりにし、マーサという役も生き生きとした全く違う人物になっていきました。しかも彼女は88歳で、「そういえばいままで身体的なコメディをやったことがなかったから、ちょっとやってみよう」と思って出演してくれたのですが、それ自体がすごいことで、驚くべき大胆なことだったと思います。あと彼女は、人生を詩や演劇、読書、映画に捧げた人で、子どもも家族もいませんでした。建物の5階(日本では6階にあたる)に住んでいて、エレベーターがなかったので、あの年で毎日その階段を上り下りしていました。劇中のアパルトマンは実際に彼女が住んでいた家です。寝室に入るドアは開けると音がするんですが、彼女が技術スタッフに「油を差したりしたらだめよ。私はこの音が気に入っているんだから」と言っていて、そういう意味でも真の詩人と言える人でした。それから壁にいろんなフレーズ、たとえば「答えは質問の殺人者である」なんて言葉を書いていて、本当に根っからの詩人であると感じました。
彼女はすごくいたずらっぽくて、好奇心も旺盛で、他人の靴下とか犬を散歩している人とか、あらゆるものに好奇心を抱き面白がっている人でした。「私、中身は14歳なの。ただ身体が言うことをきかないだけなのよ」とよく言っていました。
ゴードン:エマニュエルに関しては他にもたくさんエピソードがありますよ。例えば、マーサはヘアもメイクも無しということで彼女に役を引き受けてもらっていました。彼女のナチュラルな雰囲気がとても好きだったのでOKをもらえたことはすごく嬉しかったです。ただ、ピエールと共演の日に、まぶたに青いシャドウがついているし、口紅もつけているように見えたので「メイクしてきたんですか?」と聞いたら「してない、してない!」と否定していました。ピエールというパートナーに綺麗に見られたいというその気持ちにすごく心を打たれました。
アベル:私たちにとって、色を選ぶというのはごく自然なことなんです。映画のスクリーンは絵画のキャンバスのようなものだと思っています。現実をそこで再現しようとしているのではなくて、あくまでアーティストとしての自分たちを表現する場がキャンバスだと思っているので、そこで色を工夫するのは自然なことです。それから、演劇界出身ということもあるかもしれません。チャップリンやタチやキートン(バスター・キートン)もそうだったのですが、演劇の世界というのは非常に使えるものが限られているので、少ないもので最大限表現しなければならない。その中で、衣装にしても、色にしても、表現したいものに合わせて選ぶ必要があります。そういう世界でずっとやってきたので、色に凝るというのはとても自然なことだし、それを気に入っています。
ゴードン:色のチョイスは少し直観的な部分もありますが、客観的に作品を見ると、惨めな状況に置かれた人や悲しい状況にある人でも、太陽のように輝いている部分を持っていたり、その状況に対して抵抗心を示していたりする場合があり、それを鮮やかな色で表現している部分もあります。
アベル:彼らにはとてもインスピレーションを与えられました。なぜなら私たちを笑わせてくれる真のクラウン(道化師)ですから。でも、私たちの作品には先入観や形式はありません。絶えず模索しています。ですからノスタルジーはありませんね。
ゴードン:彼らと同じカテゴリに属していることは自覚しています。でも意図的に彼らの伝統の一部になろうとしているわけではありません。最初のうちは、皆さんが予想できるようなタイプの映画を作るため参考にしていました。今は伝統を壊しているのではなく、私たちの創造力によって「新しい何か」を提案したいんです。「新しい」と言っても、それは大きな新しさではなく、ほんの小さな新しさなんですけどね。
ゴードン:私たちは、観客の皆さんを演技のパートナーだと思っています。映画作りの最終段階で出会うパートナーです。ですから皆さんのセリフや笑い、沈黙を直に聞くことができないのはとても残念です。でも常にそういう余白を残して映画づくりをしています。パートナーである皆さんの反応を、日本の配給会社を通して知ることができると思いますのでそれを楽しみにしています。
アベル:今回、日本に来られてとても嬉しく思っています。私たちは本当に昔から日本に来たいと思っていました。そして、日本の皆さんがこの映画をどのように体験してくださるのか、とても楽しみです。フィオナも言っていましたが、私たちは観客というのは映画の中の音楽だと考えています。音楽を使う時に、特にこういう感情を持ってほしいとか、こういう意味であるとか押し付けるために音楽選びをしてはいません。観客の方たちの沈黙や笑いが映画の中の音楽のような役割を果たすと考えているので、私たちにとってはとても大切です。その新たな音楽を見出せることをとても嬉しく思います。
アベル&フィオナ:アリガトウ、and サヨナラ。
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