『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』ジェームズ・ボーエン×ボブ インタビュー

野良猫との奇蹟の出会いが映画に! どん底から再起した原作者を直撃

#ジェームズ・ボーエン

ボブはとてもフォトジェニック

住む家もなく、ストリートミュージシャンとして細々と稼ぐ日々を送るジェームズ。薬物依存や親との不和で希望の持てない彼の前に1匹の茶トラの猫が現れる。怪我をしていた猫にボブと名付け、面倒を見ていくうちに、不思議なことに彼の人生が少しずつ好転していく。

数年前、日本のTVでも紹介されたロンドンの青年ジェームズ・ボーエンがボブとの奇跡を綴った書籍は大ベストセラーに。満を持して『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』として映画化され、原作者であるボーエンがイギリスからはるばる、相棒のボブを連れて来日した。

──映画を見るまで、あなたとボブについて知らなかったのですが、映画を見て、あなたのストーリーが何故これだけ多くの人の心を掴んだかがわかりました。

来日したボブ

ボーエン:本を書いていた時は、こんなにも大きなインパクトを与えるものになるとは思いませんでした。自分自身が向き合っている問題について、日記のように書き進めていただけでしたから。

──映画として見直すことになった感想は?

ボーエン:実話の映画化は脚色されるものです。脚色された台本が監督の手によって映画になると、またさらに変わる。だから正直言って、映画は自分から五手くらい離れたような距離感はあります。でも、僕たちの物語が映画になったことは本当に光栄の一言だし、素晴らしい経験になりました。そして皆さんに楽しんでもらえるのは本当に嬉しい。

ボブ

──主人公、ジェームズを演じたルーク・トレッダウェイはいかがでした?

ボーエン:ルークは素晴らしい演技を見せてくれました。撮影開始一週間前に電話をくれたんです。僕と同じ経験をしたいと言って、彼はロンドンの街角でギターを持って、バスキング(路上演奏)で小銭を稼ぐことをやりました。通りで一晩過ごせる安全な場所を教えてほしい、と相談も受けました。
 撮影現場では、彼はやりにくかったかもしれない。普通、自分が演じる役の“本人”は目の前にいたりしないでしょう? でも僕はボブに付き添っていつも現場にいたから(笑)。僕自身、映画のジェームズのスタンドインをやったり、撮影や監督助手みたいなことも、結局いろんなことをしました(笑)。

──ここに来てくれたボブも実際に出演していますね。いわゆるタレント猫ではありませんが、素晴らしい演技でした。

ボーエン:クローズアップはほとんど彼だけど、他にも7匹いました。犬に追われて全力疾走するシーンやバスのシーンなどは、ボブも高齢(推定11歳)なので、カナダのヴァンクーヴァーから呼び寄せた猫が演じているシーンもあります。ボブは、飼い主として誇らしくなる演技を見せてくれました。(隣りにいるボブを見ながら)とてもフォトジェニックでしょ?

インタビュー中のボブ

──印象に残っているシーンは?

ボーエン:コヴェント・ガーデンのシーンです。エキストラも動員していたんだけど、自然に人が集まって400〜500人くらいになった。ルークが演奏し、ボブが座っていて、鳩もいて……。すごくマジカルな瞬間でした。

──あなたも別のシーンにカメオ出演していますね。

ボーエン:エリン・ブロコビッチ的瞬間でした(笑。注:ジュリア・ロバーツが実在の女性を演じた同名映画に本人が出演している)。スタッフから「やってみたい」と言われた時は驚きました。原作者が自分の物語に出てくるのは、あまりないことですから。うれしかったし、ファンの人にも喜んでもらえたようで良かったです。

ボブ(左)とジェームズ・ボーエン(右)
──緊張しましたか? セリフもありましたね。

ボーエン:緊張はそれほどでもありませんでした。「すべての瞬間が、まるで自分の人生を見ているみたいだ」というセリフは、まさにその通りだったから(笑)。それに撮影現場で映画が作られていく瞬間瞬間も全て見ていたからね。

声無き人のための声を持てるのは嬉しい。
ボブ(左)とジェームズ・ボーエン(右)

──これは、猫を助けたつもりが、実際は“助けられた”というべき物語でもあると思います。ドラッグ中毒からの更生で他者に助けられる自分と、自分がボブを助けるという現象が重なっているように見えました。

ボーエン:そう、助け合っていますね。僕もシステムに助けてもらいました。そしてボブ、彼は僕に愛をくれました。どこにもついてきて、子供みたいに思えてきた。彼の世話をちゃんとするために、自分自身も健康にならなくちゃいけない。そう思わせてくれたんです。

──その体験を綴った本はベストセラーになり、あなたは一躍著名人になりました。ただ、有名になるのは怖いことでもありませんか? いろいろな誘惑もあると思います。どうやってそういう罠を避けているのでしょうか?

ボーエン:(少し考えて)誰か有名人を知っていると、その名声を使って自分を売り込もうとする人はいますよね。僕の母がそうだったんです。だから彼女とはもう話をしなくなりました。僕自身とは何の関係もない自分の話を、僕の名声を利用して、彼女がマスコミに売り込んだ。それは辛かったです。有名になる代償を、きつい形で学びました。
(注目されている今は)金魚鉢の中で生活しているみたいな感覚ですが、日々やることがたくさんあって、忙しく過ごしているので、ドラッグには全く関心はないです。お酒くらいは、みんなと同じように楽しむけど。
今は動物愛護やホームレスのチャリティに携わっています。声無き人のための声を持てるのは嬉しい。しっかり活動していきたい気持ちが強いので、浮つかず、地に足をつけていられるのかも。素敵な生活ができるのは悪くないことです。でも注意深くありたい。

ボブ
──普段のボブとの生活は?

ボーエン:基本的には家での作業が多いです。今、ボブのアニメーションのシリーズを作っていて、その仕事を主に、ファンメールの返事を書いたり。ボブは横でのんびりしています(笑)。今後は歌を作ったりもしたい。一緒に散歩することもあるけれど、今はボブだけで外出はさせないようにしています。

 ──ボブという名前の由来が「ツイン・ピークス」のキラー・ボブというのは本当ですか?

ボーエン:本当です(笑)。今はおとなしいけれど、出会った最初の夜の彼はかなりクレイジーで荒っぽかったので、ついキラー・ボブを思い出して、名付けてしまいました(笑)。

(text:冨永由紀/photo:小川拓洋)

ジェームズ・ボーエン
ジェームズ・ボーエン
James Bowen

1979年イギリス東南部サリー生まれ。両親の離婚を機にオーストラリアに移住したが、97年にプロのミュージシャンを志してイギリスに戻る。だが、困難が続いて路上生活者となり、ドラッグ依存からの更生を目指してバスキングで生計を立てていた07年に茶トラの猫のボブと出会う。良き相棒となったボブとの出会いとその後の奇跡を綴った「ボブという名のストリート・キャット」が世界的ベストセラーに。続編「ボブがくれた世界 ぼくらの小さな冒険」も出版されている。