カナダ・ナイアガラフォールズ出身。2007年にコメディ映画「Rock, Paper, Scissors: The Way of the Tosser(原題)」で監督デビューをはたし、カルト的な人気を獲得する。その後、2012年には「Dead Before Dawn 3D(原題)」を制作。若手女性監督として初めて3Dアクション映画を手掛けた功績が認められ、The Perron Crystal Awardを受賞する。公開待機作は、ラテンアメリカ系ギャングのラブストーリーを描いた「Badsville(原題)」。また、女優としても活躍しており、映画『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(05年)やテレビシリーズ「Good God(原題)」(12年〜)などが主な出演作となる。
ここ数年、日本でも急速に広まっているLGBTという言葉だが、世界的に見てもセクシャルマイノリティを取り囲む環境や見方に大きな変化を感じている人も多いはず。映画の題材としても、これまでさまざまな形で取り上げられているが、まもなく公開される『アンダー・ハー・マウス』では女性同士の激しい恋愛が描かれている。
2017年7月に行われた第26回レインボー・リール東京〜東京国際レズビアン&ゲイ映画祭〜でも注目を集めた作品だが、過激な性描写でも話題となった。本作で映し出されているのは、大工として働くレズビアンのダラスと、仕事も恋愛も順風満帆だったジャスミンが、男女の垣根を超えて恋に落ちる究極のラブストーリー。そこで、自身の経験も強く反映されているというエイプリル・マレン監督に、作品へ込めた思いや日本の観客から得たものについて語ってもらった。
監督:脚本ありきで進んでいた企画だったんだけど、プロデューサー陣が私の過去の作品のなかで恋人と過ごしているシーンの雰囲気がいいと注目してくれたおかげで監督できることになったのよ。
監督:オール女性スタッフということで、まずは人を見つけることが難しかったわね。でも、カナダの映画業界というのはとても小さいから、1人が口コミで広めれば、すぐに周りに伝わるのよ。だから、ほどなくして集まったんだけど、それでもマイク技師や照明担当を探すのは大変だったわ。
監督:女性同士だからすごく風通しがいい現場だったわね。お互いにコミュニケーションを丁寧に取るし、縦割りになりがちな現場でも垣根を超えて、みんなで協力し合いながら作ることができたのよ。というのも、「いままでにない新しいものを作っていくんだ」という目標を共有していたし、ひとりひとりが「女性として自分を表現するんだ」という意識で当たってくれたというのもあるわね。
最初はどうなるかわからない部分もあったけど、すべて女性スタッフが担当することで女性らしい雰囲気をスクリーンに持って行くこともできたから、この世界観に入り込みやすい没入感のある作品に仕上がったと思うわ。
監督:私はジャンルというのにはあまりこだわりがなくて、惹かれた作品には全身全霊を注いで作っているだけよ。今回は自分なりの語り口でオリジナルなものを作れるという自信があったからぜひやりたいと思ったわけだけど、私自身も壮絶な恋愛を経験したからというのもあったわ。
実は、私の人生において非常に大きな影響を与えるような大恋愛で大失恋した後にこの脚本を読んだから、とても共感できたし、どうしても自分が経験した思いをスクリーンで表現したいと思ったの。やっぱりそれを経験しているかいないかで感じ方もかなり変わるはずよ。大恋愛を経験してない人にとっては、「そんなのありえないでしょ!」と夢のような話だと思いがちなんだけど、恋に落ちることの真実を描きたかったという気持ちもこの作品に参加したいと思うに至った理由のひとつだったわ。
監督:これほど露骨な性表現をしたのは、ありのままの真実を描きたかったからよ。こんな風に雷に撃たれたような恋に落ちるというのは、こういうことだと私は思っているの。その恋が成就しようと残念な結果に終わろうと、体が相手を欲するわけだから、“次第に愛が深まっていきました”的な行儀のいい物語にはしたくなかったのよ。それに、女性にだって欲望や動物的な衝動に駆られることがあり、どうしても相手を求めてしまう気持ちがあるということも含めて描きたかったの。
監督:私の経験が投影されているのはジャスミンよ。なぜなら、すごく安心できるパートナーと8年間過ごしてたんだけど、ある男性に出会ったとき、「こんにちは」と握手をして彼の手に触れた瞬間に衝撃的な感情というか愛が芽生えてしまって、彼氏のもとへと去って4年間その方とお付き合いしたことがあったの。だから、恋に落ちるというのは、理性が入る余地がなくて説明が難しい感情だと実感したわ。残念ながらその新しくお付き合いをした恋人とは、この作品の撮影初日に別れてしまったんだけど、この作品にとってはいいことだったかもしれないわね(笑)。
監督:恋に落ちるというのは、時間の感覚もなくなって外の世界が全部溶け去ってしまうような感じがあると私は思っているの。劇中でも光の加減で時間の経過を示しているところがあるけれど、それは時間の感覚がなくなっていく様を表現したくて編集の段階で後から入れたものなのよ。相手をとことん好きになる様子を描いたんだけど、人が人を愛することの深さというはつくづく面白いものだなと思ったわ。
監督:2人にはとにかく安心して取り組んでもらいたかったので、準備段階からカメラの位置やロケーション、照明など事細かに説明をしたのよ。そうやって徹底的に話し合ったうえで現場に入ってもらったので、2人は周りのことを意識することなく、お互いに全神経を持って集中していたわね。マイクも隠して、現場にいるのは撮影監督と私だけという非常に密閉された空間で静かに撮影を進めていくようにも心がけたわ。
それともうひとつ工夫した点としては、意識的に順番通りに撮影していったということ。だから、初めてキスするシーンでは女優たちも本当に初めてキスをする瞬間だったし、最初のセックスシーンも初めて2人が触れ合った瞬間だったのよ。それによって、シャイで怖気づいている感じにはすごくリアルさが出ていたし、ストーリー展開と同じように2人がどんどん親密になっていったから、監督としては助かったわ。
監督:やっぱり彼女のリアルな雰囲気を醸し出したかったので、普通の俳優にレズビアンを演じさせるのではなくて、自身がレズビアンである俳優を起用することにしたのよ。エリカは身のこなしがとってもユニークで、彼女ならではの特別な空気感があるからそれがすごくよかったわ。
監督:これは「LGBTの物語なんです」というカテゴリーにはめこみたくなかったし、純粋にラブストーリーを描きたかったというだけよ。だから、あえてそういう枠を全部取っ払って、普遍的なことなんだという様を描きたかったの。観客のみなさんには恋に落ちる2人の冒険についていって欲しいという気持ちで作ったわ。
監督:日本に来る前は、どれだけ観客が来て、どれだけ揺さぶられる思いをしてくれるのかというのはまったく想像できなかったの。というのも、カナダは非常に多様性を受け入れる国で私たちは恵まれた環境にいるから、宗教や文化とか、社会的な階級とかセクシュアリティの問題で大変な思いをしている人がいることを忘れがちなのよ。
実は、今回の来日のタイミングでは、テレビシリーズを撮影するというオファーもあって、日本に来るか、その撮影に入るかと考えていたんだけれど、日本に来ることを選択して本当によかったといまは思っているの。なぜなら、上映の後に多くの人が私のところにやって来て、それぞれの思いを口にしてくれたんだけど、この作品が観客のみなさんに声を与えているということを直接感じることができてうれしかったし、だからこそ私は監督業をやっているんだということが実感できてすごく感動したのよ。
特に若い女性たちが声をかけてくれたけれど、彼女たちこそが未来を背負っているわけだから、自分のセクシュアリティに正直にいて欲しいし、勇敢であって欲しいと思うし、社会を変えていって欲しいとも思っているわ。
──日本でも2015年から一部の地域では同性カップルにパートナーシップ証明書を発行するなど、LGBTに対する考え方も変わってきていますが、そのなかでこの作品をどのように受け取って欲しいかメッセージをお願いします。
監督:とにかく受け入れること、そして自由であることを考えて意識して欲しいわ。この映画を見ることでいままでわからなかった何かを理解できるようになるかもしれないし、新たな視点が芽生えるかもしれないわよね。自分の性的趣向が確立していると思い込んでいても、こういう雷のように落ちてくる恋というのは、誰にだって起こり得るし、人生ってわからないものなのよ。対象が男であれ、女であれ、誰に恋するかなんて人は自分ではコントロールできないから、そういうひとつの気づきになれればいいなという風に思っているわ。
(text&photo:志村昌美)
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