『坂本龍一 PERFORMANCE IN NEW YORK: async』スティーブン・ノムラ・シブル監督インタビュー

我を忘れるほどに感動! 坂本龍一ライブの魅力を語る

#スティーブン・ノムラ・シブル

撮影中、声をおかけするのがちょっと怖いように感じる時があった

昨年11月に公開された『Ryuichi Sakamoto: CODA』は坂本龍一の音楽と思索の日々を捉えたドキュメンタリー作品で、2012年から5年間に渡る密着取材の末に完成されたものだ。その間には中咽頭がん罹患による1年の療養期間も含まれており、これまで見ることのできなかった坂本龍一の姿が生々しく映し出されていた。

引き続きスティーブン・ノムラ・シブル監督が手がけ、先日公開が始まった『坂本龍一 PERFORMANCE IN NEW YORK: async』は、『CODA』の中で制作シーンがたびたび登場したアルバム『async』のライヴパフォーマンスを収録した音楽映画である。2017年4月、NYでわずか100人限定という形で行なわれたプレミアムライヴの全貌が、ついに明らかになる。

5年という長期に渡って“世界のサカモト”を見てきたシブル監督に、自身の作品や坂本龍一への思いを語っていただいた。

──『Ryuichi Sakamoto: CODA』(以下、『CODA』)は、5年にわたって坂本さんを密着取材したドキュメンタリーでした。本作『坂本龍一 PERFORMANCE IN NEW YORK: async』(以下、『PERFORMANCE』)は、その期間に制作されたオリジナルアルバム『async』のライヴパフォーマンスを収録した作品ということで、両者はつながりの強い連作的な関係にあると思います。『PERFORMANCE』を映像化することは、どのタイミングで決まったのですか?

『坂本龍一 PERFORMANCE IN NEW YORK: async』
(C)2017 SKMTDOC, LLC

監督:『CODA』の着地点として新たな音楽(最終的に『async』に収録された楽曲)のお披露目的な演奏シーンの撮影をしたいとずっと思っていました。坂本さんサイドから、パークアベニュー・アーモリーで演奏をするというお話をうかがい、それはちょうどいいと撮影のアレンジを始めました。

──映像化のオファーは監督サイドから? それとも坂本さんサイドから?

監督:私から、新たに作られた楽曲のお披露目的な場面の撮影をさせていただきたいと『CODA』の制作の早い段階から意向をお伝えしておりましたが、坂本さんの方に会場側から演奏の依頼が舞い込んで来た際に「それなら」と映像化のプランニングが始まりました。

──会場となったNYのパークアベニュー・アーモリーは、どのような場所ですか? また、そこに集まった100人の観客のリアクションはいかがでしたか?

監督:会場はとても古い建物で、軍の武器を貯蔵する場所でした。その中にあるベテランズ・ルームという小さなスペースで、ルイス・カムフォート・ティファニーの装飾等があり、とても味のある空間です。観客のリアクションはとても素晴らしものだったと思います。ビヨークらも会場に来ており、NYらしい洗練された観客が、目の前で奏でられる美しい音に魅了されていたように感じました。

『坂本龍一 PERFORMANCE IN NEW YORK: async』
(C)2017 SKMTDOC, LLC
──実際のライヴを目にされて、いかがでしたか? 5.1chサラウンドによる音響設備は効果的でしたか?

監督:音楽の5.1ミックスは坂本龍一さんご自身の監修の下、スタッフにより行なわれまたので、とても素晴らしく、効果的な再現でした。私自身、劇場で初めて聞いた際に、そのサウンドの臨場感に我を忘れる程に感動をしました。アルバムのステレオ・ミックスももちろん素晴らしいのですが、アルバムとはまた異なる、立体感のある5.1chサラウンドは絶対に劇場まで足を運んで体感する価値はあると思います。

──監督は『CODA』公開時のインタビューで「人物を描いたドキュメンタリーは、現代におけるひとつの肖像画。ただ、肖像画だからといって撮る側の(私的な)解釈が入らないわけではない」とおっしゃっていました。『PERFORMANCE』で監督は、坂本さんのどんな側面を解釈し、見せようと思いましたか?

監督:『PERFORMANCE』に関しては、とにかくコンサート映画であるとのコンセプト下で、特にサウンドの立体感を劇場のお客様に感じていただけるように演出をしました。音の深みを感じながら、音楽を聞きこみながら楽しむことのできる特殊な劇場体験を目指して作ってみました。

──監督にとって、アルバム『async』はどのような作品ですか? また、これまでの坂本作品で監督のお気に入りがあれば教えてください。

監督:『PERFORMANCE』は『CODA』の撮影で制作プロセスを観察させていただいた作品ですので、私にとってとても深い経験と関連しているアルバムです。坂本さんの音楽や音に関する理念、世界観がとても深く反映されている作品だと思います。それだけに、世界的に評価が高いですね。『PERFORMANCE』がベルリン国際映画祭へ正式招待されることになったのも『async』の素晴らしさがあってのことだと思います。
 これまでの坂本作品も素晴らしいものが多く、どこから語っていいのかわかりませんが、初期の『千のナイフ』や『B-2 Unit』は大好きですし、前作にあたる『Out of Noise』も大好きです。映画音楽も、最近劇場で『ラスト・エンペラー』や『シェルタリング・スカイ』などのベルナルド・ベルトルッチ監督作品を35mmプリントで観る機会に恵まれたのですが、本当に素晴らしいですね。これだけ多種多様な音楽をお作りになられるアーティストって、本当に珍しいのではないでしょうか。

──病気療養を経て復帰された坂本さんは、SNSによる発信やメディアへの露出を控え、以前に増して創作に没頭しているように感じます。『CODA』から『PERFORMANCE』にいたる時間の中で、監督は坂本さんが変わったように感じましたか?

監督:そうですね。復帰されてから、特に『レヴェナント:蘇えりし者』の頃からでしょうか、ものすごく集中されていて、普段よりもさらに真剣な眼差しになられて、撮影中にお声をおかけするのがちょっと怖いように感じる時がありました 。怖くて緊張してしまうのですが、一人のファンとしては、それがまたとても嬉しかったです。これで期待をしていたような素晴らしい音楽がきっと生まれるのではないかと感じました。

人の視野、世の中との接し方を変えてしまうような表現力は
素晴らしい
『坂本龍一 PERFORMANCE IN NEW YORK: async』
(C)2017 SKMTDOC, LLC
──『CODA』と『PERFORMANCE』の撮影を通じて、坂本さんからどのようなことを得ましたか?

監督:坂本さんから学んだことは多すぎて、言葉になりません。それが両作品に何らかの形で反映されてればいいと思います。私の立場から言わせていただくと、ご本人に同行し、見せていただき、学んだ多くのことが、この2本の映画の中身の一部として表現されてこそ、本当の意味でいい仕事をしたことになると思っています。

 それから、音の楽しみ方でしょうか。街中で聞こえるノイズのような音でも、今の自分には音楽的に聞こえることが日常生活の中で多くなりました。先日もNYの地下鉄の駅の中にある壊れかかった、ガタガタのエスカレーターから響く機械的ノイズにリズムがあり、ある種のシンコペーションのように聞こえて、ついつい喜びを感じてしまいました。『async』的な、非同期の美しさを感じたのだと思います。人の視野、世の中との接し方を変えてしまうような表現力って、素晴らしいと思います。

──出来上がった作品を見た坂本さんから、何かコメントはありましたか?

監督:『CODA』に関しましては、出来てから「いいドキュメンタリーだね」と言っていただけて、とても嬉しかったです。『PERFORMANCE』はまだ完成作品を一緒に見ていないので、いつかチャンスがありましたらとても嬉しいです。

──監督が今後、ドキュメンタリーを撮ってみたい人物はいますか?

監督:そうですね、いますが、撮影をさせていただけることが決まっている案件はまだこれからです。でも、コンサート撮影はとても楽しいので、もっと多くこのようなライヴ映画はぜひ作りたいです。

[スティーブン・ノムラ・シブル監督写真:(C)2017 SKMTDOC, LLC]

スティーブン・ノムラ・シブル
スティーブン・ノムラ・シブル
Stephen Nomura Schible