『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』ジョー・ライト監督インタビュー

国民の声に耳を傾け闘った名首相の物語を映画化!

#ジョー・ライト

物語と役者の存在を引き立てるため、控えめに、シンプルに撮ることを心がけた

今年のアカデミー賞でゲイリー・オールドマンが主演男優賞に輝き、その特殊メイクを担当した辻一弘がヘアメイク賞を受賞した『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』が、今週末についに公開される。

第二次世界大戦下のイギリスを率い、ヒトラーに闘いを挑んだ、政界一の嫌われ者にして名宰相のウィンストン・チャーチルの姿を描いた歴史ドラマだ。

監督は『プライドと偏見』や『路上のソリスト』を手がけたジョー・ライト。チャーチル首相の就任からダンケルクの戦いまでの、知られざる27日間を描いた監督に話を聞いた。

──本作で一番伝えたかったことは何ですか?

『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』
(C)2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.

監督:本作で描かれるのはチャーチルが首相になってからの1ヵ月間だ。時代は1940年、イギリスはナチス・ドイツに和平交渉する瀬戸際だった。そのことを映画の題材にした。テーマは“リーダーシップ”に“疑念”それに“信頼の危機”だ。
 チャーチルは やがて様々な試練を乗り越えていく。そんな彼が国を勝利へと導く姿も描かれている。本作の脚本はチャーチルを多面的な人間として描いている。彼も観客と同じ人間だということを僕は強調したかった。観客に その点を理解させることができれば、彼のリーダーシップのすごさを伝えることができる。未来を生きる僕たち全員に、影響を与える作品にしたかった。

──チャーチル没後に公開された戦時内閣の閣議記録によって明らかとなった実話を基にした作品と聞きました。

監督:映画の約半分のシーンが戦時作戦室で展開される。登場人物たちが感じた強烈なプレッシャーを、あの狭い空間で表現した。
 戦時作戦室はその場しのぎに作られた部屋だったから、先端技術に欠けていてね。驚くべきことに、チャーチルたちは実に原始的な方法であの大規模な戦いに立ち向かおうとしたんだ。壁の地図には押しピンが刺されていた。なんとドイツ戦線も、押しピンとヒモで表されていたんだ。そういう状況だと知り衝撃を受けたし、同時に感銘も受けたよ。

『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』
(C)2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.

──演出する上で、どんな部分に注意しましたか?

監督:本作の物語の興味深い点は、チャーチルと一般市民の距離にあると思う。最初、両者は離れていたが、徐々に つながっていく。チャーチルは高貴な生活を送っていたが、英国のリーダーになるためにそういう生活から脱却しようとする。そして国民との接点を得ようとするんだ。
 チャーチルの秘書のエリザベスは、ラベンダーヒルという庶民的な地域の出身だ。サウスロンドンのね。チャーチルは彼女を通して一般市民の意見を知ることになる。そして彼らの考えに耳を傾けるんだ。自分が下す決断が彼らの生活において、どのような影響を及ぼすのかも理解するようになる。

──チャーチルを演じたゲイリー・オールドマンが、アカデミー賞主演男優賞を受賞しましたね。

監督:ゲイリーの演技は僕の期待以上だった。彼は何度も僕を驚かせてくれたよ。僕はそれまで彼を“演技の神”のように考えていた。でも実際のゲイリーはとても協力的な人でね。彼には演技指導など要らないと思っていたし、僕は監督として他のことに集中できるだろうと考えていた。でも彼は協力を惜しまない人で、皆と話し合って映画を作ろうとしてくれた。だからゲイリーとの仕事はとても楽しかったよ。皆で協力し合い作品を撮れて、心から嬉しく思う。

『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』
(C)2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.
──妻のクレメンティーンを演じたクリスティン・スコットトーマスも素晴らしいです。クレメンティーンはしっかり者で、チャーチルも妻をとても頼りにしていたそうですね。

監督:クリスティンとはずっと仕事がしたかった。おそらく10代の頃から。僕は彼女に憧れていたよ。とても素晴らしい女優だと思う。演じたクレメンティーンも素晴らしい女性だった。彼女は政治に関してチャーチルに助言をしたし、家庭では妻として夫を支えた。彼女は夫よりリベラルで、2人はよく討論した。チャーチルは彼女の言葉に耳を傾けたよ。“常に”ではなく“時々”ね。まず彼女の意見を聞くことが彼の習慣だったんだ。僕も妻がクリスティンなら彼女の意見に従うね。でないと怖い。
 秘書のエリザベスを演じたリリー・ジェームズも素晴らしい女優だよ。役者として心がとてもオープンだし、観客をすぐに魅了し共感させる力を持っている。本作では観客の目のような役割を担っている。つまりストーリーの大部分が彼女の視点を通して分かりやすく語られるんだ。とても美しい女性だよ。リリーは物語を通して、観客とつながることができる。映画の主要人物を演じる役者には欠かせない要素だと思う。

──政敵、ハリファックス子爵役に人気ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』などで知られるスティーヴン・ディレインを起用した理由は?

監督:彼の演技には威厳が伴っていて、彼が話すと言葉に重みが生まれるんだ。他者に教訓を与えるようなある種の重みがね。僕がこの役にぴったりだと考えたのは、そういう貫禄のある役者だ。チャーチルと意見が対立する時も、ハリファックスの言葉には説得力がなくてはならない。重要なポイントだったよ。チャーチルの考えを単に称えるのではなく、多くの人間の考えを観客に示すことがね。チャーチルの本当にすごい点はそこだよ。つまり彼は人々の意見を聞き、熟考したうえで自ら決断を下すんだ。そういう点を、僕は観客に強調したかった。スティーヴン演じるハリファックスが、ゲイリー演じるチャーチルと意見をぶつけ合う。ハリファックスの言葉にも筋が通ってると、観客に分かってほしかったんだ。

『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』
(C)2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.
──チャーチルの演説シーンも素晴らしいです。

監督:あのシーンは、本物の下院本会議場で撮影したいと考えた。実際に許可が下りたが、席に座ることは許されなかったよ。あの椅子に触れていいのは議員の尻だけらしい。それで結局セットが必要になったが、なんとか当時の本会議場を映画で再現することができた。戦争で空爆を受けたから、現在の本会議場は1950年代に建てられたものだろう。間取りは現在のものとまったく同じだが、以前の本会議場のほうが木の色が濃かった。それに飾りも多くて、19世紀的な見た目だった。セットを造った後、500人の男性たちに座ってもらったよ。全員に黒いスーツを着せてね。そうして ゲイリーの演説のシーンを撮ったんだ。すごく迫力のあるシーンとなった。素晴らしい時間を共有できたよ。また純粋なドラマ作品を撮ることができて、とても いい気分だったね。
 映画の中心にあるのは物語と役者だけ。僕は両者の存在を引き立てるために、控えめに、そしてシンプルに撮ることを心がけたよ。肩肘を張ることなくね。僕が撮った映画の中では、落ち着きのある作品だと思う。これまでの作品と比べて映画的な装飾が少ない。できるだけシンプルで、分かりやすくしたかった。とてもエキサイティングで楽しく撮ることができたよ。

ジョー・ライト
ジョー・ライト
Joe Wright

1972年8月25日生まれ、イギリスのロンドン出身。操り人形劇場「ザ・リトル・エンジェル・シアター」を創設した両親の下に生まれ、大学では美術・映画・ビデオを学ぶ。卒業後、BBCでドラマなどを演出し、2005年に映画『プライドと偏見』を初監督、高く評価される。長編2作目の『つぐない』(07年)で英国アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀美術賞を受賞。その他『路上のソリスト』(09年)、『ハンナ』(11年)、『アンナ・カレーニナ』(12年)、『PAN ネバーランド、夢のはじまり』(15年)などを監督。