1956年1月1日生まれ、長崎県出身。公務員を経て無名塾に入団。NHK連続テレビ小説『なっちゃんの写真館』(55年)で出レビデビュー。『タンポポ』(85年)、『Shall we ダンス?』(96年)、『失楽園』(97年)、『THE 有頂天ホテル』(06年)、『バベル』(07年)、『渇き。』(14年)など多彩な映画に出演。『ガマの油』(09年)では監督にも挑戦。
暴力団対策法成立前の1988年の広島を舞台に、暴力団同士の激しい抗争と渦中で捜査に当たる刑事たちを描いた『孤狼の血』。『凶悪』『日本で一番悪い奴ら』の白石和彌監督の下、役所広司が演じる主人公の刑事・大上章吾は組関係者との癒着を疑われるほど、深く内部に食い込んで捜査を続けている。劇中でははだけたシャツの胸にゴールドのネックレスが光るギラギラ感なのだが、取材陣の前に現れた役所は正統派のスーツ姿。物腰も口調も穏やかながら、語る言葉の端々からうかがえるのは、新しいものに挑み続ける情熱と日本映画界への思い。様々な角度から投げかけられる質問に一つひとつ答えてくれた。
役所:原作も読ませてもらいました。映画の脚本よりもっとハードボイルドで、かっこよかったですね。脚本の方はもうちょっと愛嬌があるキャラクターになってました。
「こういう映画、久しく見てないな。僕もこういう映画を随分やってなかったな」と思って、すごく興味がありました。白石監督の今までの作品を見ていましたが、非常に勢いのある監督です。初めてお会いした時も「元気のある日本映画を作りたいんです」とおっしゃって。ぜひ参加したいと思いました。
役所:原作だと、かっこよすぎて、ちょっと照れるなって感じがあったんですけど。脚本は、監督の色を加えた大上だったので、非常に愛すべきというか、ちょっと身近な感じになった感じがしました。
役所:根っこは正義の味方だとは思うんですけれど(笑)、それは見せない。やっぱり悪いやつは悪い。やることは悪い、と曖昧にならないようにした方がいいかなと思ってやっていましたね。
役所:いや、特には……。表現としては必要ないと思いましたけども、気持ちの上では「こいつが自分の後を引き継いでくれる男かもしれない」という。そういう気持ちは大切にしようと思って演じてましたね。
日岡の正義感は青くはあるんですけども、彼の正義に対する思いは正しい。で、彼が自分を受け継いでくれる刑事かもしれないという思いはあったんじゃないでしょうか。
役所:松坂君。
役所:松坂君とは前も仕事していました。今回は前半から後半にかけて、だんだん成長していく過程が非常に見事だと思いましたね。
役所:白石さんは「昭和の香りがする監督だと言われる」と自分で言っていましたけども。若松孝二監督の所で育ってるからでしょうか、確かに昭和の監督の雰囲気がありますよね。撮影現場に行って、芝居を見て、カットを割っていって。それで自分が「このカットが欲しい」「このカットが一番大切だ」というところに時間を掛けて粘って、テストを繰り返して、丁寧に撮る。
撮影がデジタルになってから、たくさんの素材をいろんなアングルから撮るという監督が主流になってきていると思いますが、そういう意味では白石監督は必要なカットを、非常に丁寧に撮る監督だと思いましたね。
役所:そうですね。編集でどうこうしようではなくて、頭の中にしっかりとイメージがある監督だと思います。
役所:僕は意外とそういう監督多いんです。でも、どんどん少なくなってると思いますね。編集の段階でいかようにもできるようにするためには、素材がないと、という大人の事情はあるんでしょうけど。白石組のような現場は仕事が早いです。監督の決断と割り切りが早いと現場は平和で、皆が幸せです(笑)。
役所:痰を吐くシーンですね。 シーンが3ヵ所ぐらいあったんですけど。「カァーッ!ってやってください」って(笑)。「ええ?!」って思いましたけど。監督の師匠である若松監督のイメージで、オマージュだったんじゃないでしょうか。僕はそれを後から聞きましたけど。映像の中で、痰を吐く(と音を再現して見せながら)っていうのは生まれて初めてでした。そういう人も少なくなりましたし、ある意味、昭和のアウトローを出すにはいいのかもしれないなって思いましたけど。
役所:ブタ小屋で撮ったシーンですね。竹野内(豊)君も、松坂君も、僕のシーンもそうですけど。ブタ小屋のシーンはせりふも意外と長いところもありましたし、結構、監督は粘ってました。それから、やっぱりラストに向けての展開ですね。勢いがあって。あとは台本読んだ時も爆笑しましたけど、石橋蓮司さんの最後のせりふですね。あれは楽しみにして見てください。
役所:方言ですね。呉弁です。クランクイン前から撮影中も、ずっとこれは練習してました。言葉から、何かそこの土地で育った人間が染みてくる感じがありましたし。今回は、(舞台となった呉原のモデルである)呉という町にスタッフもキャストも腰を据えてやりました。町から聞こえてくる言葉も呉弁ですし。そういうものを映画に生かせるように大切にしたいなって思いました。
役所:一言まちがっちゃうと、関西弁になっちゃいそうな不思議な言葉なんです。ですから、繰り返しですよね。それはもうできるだけ。台本にない言葉も、街中で聞いたり、呉弁の指導の方に「こういう時は何て言うんですか?」と聞いて。それをちょっとした、捨てぜりふじゃないですけど、使ってみる。それで何となく“呉”感が出るもので。本当に繰り返しやることでしょうね、言葉は。
役所:こういう映画っていうのは、僕の若い時に多かったんですけど、ぱったりなくなっていた時間が結構長かったんです。ああいう映画があったということも忘れかけてる頃に、この話が来ました。日本映画には、予算的にも厳しい中で、熱くて激しい映画を作っていた時代があって、その頃は意外と豊かな感じがしていました。あの頃は何か、もっといろんなものが映画の中にもあって、非常に面白かった時代だったんだなって、改めて思いましたね。
これから、こういうテイストのものがもうちょっと増えていくと面白いかな。暴力的なことを嫌いな人も多いかもしれませんけど。やっぱり男の子が映画館から出てくる時、ちょっと強そうな気分になって出てきたな、みたいな映画がもうちょっとあってもいいかなって思いました。
役所:「あの時代豊かだったな」というのは、予算的には全然豊かじゃなかったですけど、いろんな個性的な監督たちとか脚本の人たちが、「こんな映画どうだ」と作った、バラエティーに富んだ作品が多かったような気がするんですよ。今は「これだったらヒットするだろう」というヒットした原作を引っ張ってくる時代ですが、元々は映画がその流行を作ってきた時代があったと思うんです。だからそのためには、やっぱり映画界は頑張って、オリジナルも作らなきゃいけないんじゃないかなと思いますね。
役所:俳優って職業に……。(少し考えて)やっぱり根っこは見えない方がいいですよね。俳優は。「この人ほんとはどんな人だろう」というほうが、表現するときには非常に得なことはあると思うんです。
昔の俳優さんはそうやって、私生活が分からなかったり。プライベートな部分は見えなかった。今の僕たちの時代はそういうものがどんどんメディアを通して語っていってるし。難しい時代ですね〜。
役所:そうですかね。そりゃラッキーですねぇ〜(笑)。
役所:その方がいいだろうなと思いますよね。本来、俳優は白紙な方がいいんだと思います。いろんな色に染まっていくのが見てる方も楽しいんじゃないかなと思います。
役所:俳優の面白さの一つは、日常生活ではもちろん、テレビやこういう宣伝活動でも口にできない言葉を、堂々と役を借りて語れるってことですかね。舞台でも、テレビでも映画でも、役者の仕事の醍醐味かもしれません。あとは、やはり現場に行って、スタッフとキャストと作っていく時に自分が想像もしなかったような気持ちとか閃(ひらめ)きが、ふっと湧き出る瞬間っていうのが面白いんじゃないでしょうかね。
(text:冨永由紀/photo:小川拓洋)
(スタイリスト:安野ともこ/コラソン、ヘアメイク:勇見 勝彦/THYMON Inc.、衣装協力:GIORGIO ARMANI)
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